帝国意識、それは肌の色に代表される「民族・人種差別意識」、他国支配を当然視する「大国主義的ナショナリズム」を軸とする。本書は、そのイギリス帝国に見られる特徴を多様なアングルから探る。

■イギリスの帝国意識(木畑洋一)
帝国意識の二つの要素、すなわち民族・人種差別意識と大国ナショナリズムを概観し、これらが結合したところに生じる「文明化の使命」感をイギリスと日本にみる。アジアの皇民化政策もこの一環であり、帝国支配正当化の機能を果たし続けた。第二次世界大戦後、植民地の早期独立または敗戦によって帝国が消滅し、それから数十年を経てもなお、両国に帝国意識が残存している様相が明らかにされる(p21)。

■コロニアル・ナショナリズムと「帝国意識」(山本正)
イギリスの植民地とされるアイルランドにも、北米植民地に対し、帝国の統治側であるという意識の存在したことが論ぜられる。なるほど、後発の植民者でありながら優位を占めるプロテスタントにとっては、アイルランドは白人移住地であり、イングランドとの一体性をもって他の帝国の支配者であるという二面性の意識が見られたことは興味深い。

■東インド会社とヘイリーベリー校(浅田實)
東インド会社によるインドのイギリス化(p118)。インド高等文官を輩出する教育機関、そして会社存続の意思として設立されたヘイリーベリー校の特質が論ぜられる。
ムガール帝国からの地方諸侯の離反と並立。これが18世紀以降、イギリス政府の思惑とは別に東インド会社が現地権力を興隆させてゆく要因の一つであり、会社社員によるあり余る富の収奪のはじまりであったという(p99)。まるで満洲を食い物にした関東軍の様相だな。

■ニューラディカルの帝国意識とアフリカ(竹内幸雄)
自由主義を前提とし、人道主義・博愛主義の流れが存在する帝国主義の諸形態(p123)が、イギリス流の帝国主義といえるのか? その是非の検証として、「帝国主義論」のホブソン、「西アフリカの旅」を著したメアリー・キングズリー、ベルギー王レオポルドの私有地「コンゴでの犯罪」を糾弾した若きジャーナリスト、モレル。本論はリベラルの先を行くニューラディカルの3人の活動を取り上げる。
ホブソンは民主主義と帝国主義の相容れないことを明確にする。またモレルらはドイツ、ベルギーら後発の過激な帝国主義を非難しつつも、先発の「健全な」イギリス「商業」帝国主義を擁護する立場にあることは、その時代に生きた人物の限界と言えようか。

■メアリ・ホールの植民地幻想(井野瀬久美惠)
1903年の旅行記「ある女性の旅-ケープからカイロへ」を中心に、白人女性のアフリカひとり人旅を検証する。
ケープ植民地、ベチュアナランド、南ローデシア。そして北ローデシアからドイツ領東アフリカ、ウガンダ・ケニアを経由してスーダン、エジプトを行く壮大な旅(p154)。女性ひとりとは誇張で、実際には40人近い現地人を引き連れての大名旅行だが、それでも、旅程中の部分的な短距離とはいえ、白人男性のエスコートもトマス・クック社のアレンジもなしに彼の地を行くというのは、当時としては(現代でも)画期的だったのだろう。
だがしかし、それはアフリカに植民地を有する大英帝国に裏打ちされた「安全性」であったことが結論付けられる(p164)。
礼儀正しい現地部族民の酋長も、すなわち帝国政策への協力者であり、その意味で、未踏の地を女性一人で踏破したことの幻想性が明らかとなる(p172)。

■植民地エリートの帝国意識とその克服(秋田茂)
帝都ロンドンへの留学とジェントルマンの真似事、南アフリカにおけるイギリス的生活者から反帝国主義者への変遷。世紀転換期のガンディーのイギリス帝国観を明らかにする。

他に、「シェイクスピアとロックが見た在英国人(平田雅博)」「生活文化の『イギリス化』と『大英帝国』の成立(川北稔)」「白人移民社会の形成と帝国意識(北川勝彦)」「イギリスの戦争と帝国意識(佐々木雄太)」「自治領化とコモンウェルス(旦裕介)」を収録。

大英帝国と帝国意識 支配の深層を探る
編著者:木畑洋一、ミネルヴァ書房・1998年12月発行
2017年12月30日読了
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