戦死でも戦病死でもなく、戦地にはありえない「死亡」。従軍作家の小柳逸馬は事件を検証するよう密命を受け、帝大出身の検閲班長、川津中尉とともに北京飯店から長城の現場に派遣される。
かつて陸上自衛隊に身を置き、「歩兵の本領」を熟知する著者ならではの視点が随所に活かされている。

・著者を彷彿させる流行"探偵"作家の小柳逸馬といい、小田島憲兵曹長といい、意志と人生の経験に熟成された奥深く素晴らしい人間味を醸し出している。「動物的直感は人間的思考にまさる」(p15)
・「尾根を天翔る龍のようにのたくりながら、高く低く、視野の限りに長城が延びていた」(p71)の叙述は、僕も長城を旅行したのでわかる。巨大なのは万里の長城だけではない。他の浅田作品でもそうだが、中国人の懐の深さはとても印象的だし、大陸の巨大さには際限がない。戦いを続けながら「この戦争の大義を探す」日本の姿が矮小に映る。体格も含め、倭人=倭(ちいさい)人か。
・関東軍の謀略に彩られた、勝てる見込みのない戦争。川津中尉も小田島曹長も抱くこの疑問を表面化させることは、しかし、皇軍の兵隊には許されないのだ。
・「良心。懐かしい言葉だ。たぶんその所在を信じた者から命を落とすのが、戦争というものだろうが」(p147)

宣戦布告なき「事変」という名の中国大陸侵略に30万人もの大兵力を投入する無謀さ、いつまでも勝てない事実。これが「死亡」の遠因であり、「組織の論理」が見えざる手となって働く。このあたりの構成は実にお見事。

日本と中国の一般市民が底なしの泥沼に引きずり込まれる「やくざな戦争」(p294)、そして最終ページである人物が言い放つ「どうせ○○○○の戦争だ」。著者が声を大にして伝えたかったのは、このことではないだろうか。

長く高い壁 The Great Wall
著者:浅田次郎、角川書店・2018年2月発行
2018年3月10日読了
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長く高い壁 The Great Wall
浅田 次郎
KADOKAWA
2018-02-28