17の短編と翻訳者による解説が収録される。すべてが骨太かつ不器用な「男の世界」、それでも優しさは存在する。

『The Gambler, the Nun, and the Radio ギャンブラーと尼僧とラジオ』
メキシコ人が銃撃され搬送された病院での入院患者フレイザー氏の体験。これといったトピックはないのだが、ラジオの件が気に入った(p198)。人々の寝静まった深夜、ボリュームを絞ったラジオに耳を傾ける。遠い街の音楽を聴き、DJのトークに聞き入り、その街と人々の情景を思い浮かべ、そして、その街の人になる。デンヴァー、ソルトレークシティ、ロス、シアトル。未明になると時差の関係で、ミネアポリスの陽気なミュージシャンの演奏が始まる……。アメリカ西海岸へ行きたくなるな。
「つづけるんですよ、のんびりとね。で、運が変わるのを待つんでさ」(p206)こういう生き方も悪くないかも。
人民の阿片、についての考察も傾聴に値する(p207~211)。

『A Natural History of the Dead 死者の博物誌』
「ほとんどの人間は動物のように死ぬ。人間らしくは死なない」(p135)
田園地帯の弾薬工場の爆発跡。そこに散乱する数えきれない女性の遺体の描写は激烈だし、第一次世界大戦時の放置された戦死者の様相は異様だ。イタリア戦線の野戦衛生隊で数多の死にゆくものを見つめてきた著者ならではの記述は、実に生々しい。

『The Short Happy Life of Francis Macomber フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯』
東アフリカ、あるいは南部アフリカにおける「ゲーム・ドライブ」。こんにちでは大型動物の観察こそ観光の目玉とされているが、1930年代には狩猟が許されていたんだな。だから本当の意味での「ゲーム・ドライブ」か。
風を巻いて草むらを突進してくるライオン(p288)に、怯えの感情を抱くのは人情というものだろう。だがアフリカの世界では逃げることは許されないし、主人公マカンバー氏のように、白人からも黒人からも軽蔑の眼差しを向けられることとなる。そして妻からも愛想を尽かされるハメとなる。
"怖いもの知らず"への変化。これが「男を支える背骨なのだ」(p310)

『The Snows of Kilimanjaro キリマンジャロの雪』
タンザニアに存在し、ヘミングウェイも滞在したケニア・アンボセリ国立公園から、その神がかった雄大な姿を眺めることができるキリマンジャロ山は、この作品によって全世界的にその名を知られるものとなった。
「前方の視界いっぱいに、さながら全世界のように広く、大きく、高々と、信じがたいほど真白に陽光に輝いて、キリマンジャロの四角い頂上がそびえていた」(p362)
そうだ、このスケールからすると、麓で展開される人間たちの呻吟や生死など、どうでも良いことのようにみえてくる。ヘミングウェイもそのことを伝えたかったのではと思う。

ヘミングウェイ全短編2 勝者に報酬はない キリマンジャロの雪
著者:Ernest Hemingway、高見浩(訳)、新潮社・1996年7月発行
2018年5月12日読了
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