・イギリス東インド会社の士官としてインドはムンバイ、バローダ、カラチに赴任したバートン大尉。他のイギリス人士官と違って複数の現地語を習得し、ヒンドゥー、ムスリムの分け隔てなく現地人の間に溶け込み、ヒンドゥー神官たちの娼婦、クンダリーニと出会い、シンド州を支配する将軍の諜報網となり……。
・バートン大尉の第一の召使、ナウカラムは、まるで『八十日間世界一周』のパスパルトゥーを彷彿させる。彼と市場のラヒヤ=公認書記の会話とバートン・サーヒブ(白人の旦那様)に仕える愛人、クンダリーニの存在が、インド編の面白さを構成する。そして売春宿と反英ネットワークを見つける手柄を立てるが……。まるで19世紀のインド西部に住まうようなリアルな感覚を味わえる。
「インド出身イスラム教徒」になりすまし、同行者やキャラバン隊に正体を見破られることなく、聖地メッカへの巡礼をなしとげたバートン。『アラビア』の章ではカアバ神殿への巡礼(p418)、ベルゼブブへの投石のシーン(p448)など、興味深い描写が展開される。
イギリス政府のための調査だけにとどまらず、現地人に溶け込むことで、メッカでは真のムスリムへの改宗の衝動にとらわれる点等にも、彼の愛すべき人間性が現われている。
東アフリカ編も面白い。バートンの行動記録と三つの人生を生きたアフリカ人、シディー・ムバラク・ボンベイの語りから物語は進む。
・アフリカ内陸部での幼少期、奴隷狩り後のインドでの生活、解放されてからのザンジバルへの定着。シディーの人生もバートンに劣らず興味深い。
・ザンジバルと内陸の三つの部族は「こんなにも違う」のに、白人は「同じ」と断定する。
・生死を賭けた旅路の果てにタンガニーカ湖を発見した喜び(p597)。そしてそれがナイル川の上流でないとわかったときの落胆。バートンは病に伏す。探検の同行者にしてライバル、ジョン・ハニング・スピークがナイル川の上流とされるニャンザ湖を先に「発見」し、女王と自身の母親の名前である「ヴィクトリア湖」に名付け替えたことは、バートンにとって一生悔いの残るできごとだったに違いない(p630)。
・「長い間考えてやっと、湖や山や川にたくさんの名前があっても別にかまわないだろうって結論を出した」(p631)この多様な人生を生きたシディーの考えこそ、素晴らしいものだと思う。
タンガニーカ湖を発見した功績からSirの称号を得て、晩年は領事としてイタリアに赴任し、そこで生を終える。カトリックの中で、孤独なイスラム教徒として。そして千夜一夜の翻訳家として名を遺した。
DER WELTENSAMMLER
世界収集家
著者:Ilija Trojanow、浅井晶子(訳)、早川書房・2015年11月発行
2018年6月10日読了
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