男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

カテゴリ: 書籍・雑誌

満洲国国務院および軍政部発行の国内外向けのカラフルなポスター、JTB等の発行した満洲旅行のパンフレット、満洲グラフ、果ては切手やレコードレーベルまで、およそ新興国家の心象イメージを高めるための媒体が蝟集され、A4フルカラーで迫力あるビジュアルを楽しめる。また、その背景にあるものの詳細な解説に唸らされる。

・新興国家だけあって派手なプロパガンダが必要だ(p3)。ポスター群は構図も色彩も旧ソビエト連邦のそれに似ていることが興味深い。
・神戸から下関、釜山を経由して客船で大連・旅順へ。そこから奉天、新京、哈爾浜へ鉄路の旅に出て、豊饒かつ歴史的な満州を観光してまわる。当時の旅客にとって実に魅力的な観光コースだったろう。JTBや満鉄の旅行パンフレットからそのことが窺える(p10~17)。
・建国十周年式典に招待された、兵庫県立明石中学校長(現・明石高校ね!)の宿泊した新京の「国都ホテル」の建物が現在も使用されているとは(p35)。見に行きたいな。
・指導者としての日本と、オリエンタリズムの対象としての満洲国(p124)。どの宣伝媒体にもこの帝国意識が通底していることがわかる。

どのビジュアルも明るく華やかだが、その背後にある現実、領土を収奪した支那、その背後にいる英米仏の姿と自らの先行きを直視するには、やはり厳しいものがあったのだろう。満洲の「真の姿」「王道楽土」「五族協和」ぶりを積極的に発信してゆくこと。それは大日本帝国にとっても、傀儡国家である満洲国を世界に示す重要な情報戦であった(p34)。これが現実だったんだな。

当時の日本臣民、満州臣民ならびに全世界に発信された「満洲国」のイメージを体感できた気がする。欲を言えば、当時の音源をCD化して付録にしてほしかった。

満洲帝国ビジュアル大全
辻田真佐憲(監修)、洋泉社・2017年3月発行
2018年12月15日読了
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先進的な売れっ子作家の母を持つミッションスクールの女学生、花村茜14歳の青春にちょっとした変化が生まれる物語。三つ編みに断髪に、裁縫に、"お姉さま"。"少女の友"に、高畠華宵に、フランス出身の尼僧、"僕っ娘"な夏我目潮の軍人の"兄"との邂逅……。和洋折衷文化が花開く「昭和6年」と「マツオヒロミ」の表紙画に反応して店頭で買ってしまったが、序盤の内容は期待をグンと高めてくれる。
・ふとした事件から探偵団が結成される第一話「少女探偵ごきげんよう」は導入編。第二話「ドツペンゲンゲルスタイルブツク」から物語は大きく動き出す。「なんとかするのはわたしでしょう!」(p97)と、放蕩者の父を持つ茜の労苦。そして中原純一を思わせる挿絵画家に対しての探偵団の面々のセリフは「誰だそいつは」「名前だけは認知しているわ」(p99)。いやぁ、おもしろいぞ。そして父親を巻き込んだハートフル・ストーリーも良い。ラストの「チェホフ」(p150)には笑わせてもらいました。
・もう一人の団員、よく喋り「茶菓子をもりもりと食べ、お茶をずずっと」すする(p182)社長令嬢の工学系女子、丸川環。その友人の子爵家長女の登場する第三話と第四話「満月を撃ち落とした男」前後編はミステリー風味がぐっと増す(まぁ答えは見えているんだけど)。精神病院での一大活劇。『臨機応変』とは無鉄砲(p213)。良いなぁ。……第四話のラストは一気に盛り上がり、実に読み応えがあった。そして、暖かい。満月の「金色の光」(p275)に包まれる二人の件が実に良い。

キャラもストーリーも立っている。戦前昭和の良き時代、1931年の女学校の華やかさが実に良く醸し出されていた。昭和恐慌の話も盛り込まれている。
潮嬢の"兄"の正体は、後半まで伏せておいて欲しかった気もするが、それは良しとするか。
続編にも期待です!

昭和少女探偵團
著者:彩藤アザミ、新潮社・2018年12月発行
2018年12月12日読了
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昭和少女探偵團 (新潮文庫)
彩藤 アザミ
新潮社
2018-11-28

西洋的DNAと中国的DNAが融合した魔都、特に1920年代以降の上海は、帝国主義の繁栄と流浪びとの移入がもたらした、世界に類をみないコスモポリタン都市を形成していた。本書は、その共同租界のうちに形成された虹口「日本人街」に焦点をあて、居留民と街の様相の変遷、反日運動への直面と対処、戦中の災難、戦後の引き上げまでが、特に長崎との結び付きに着目しつつ考察される。
・日本からはパスポートもヴィザも不要で渡航でき、なんと、郵便物も「長崎県上海市」で届いたとある(p33,45)。
・当時の写真と地図は、日本人街の繁栄ぶりを余すことなく伝えてくれる(p37~42)。
・五・三〇運動。日系紡績工場で度重なるストライキが、やがて階級闘争から民族運動に変遷する。1925年の大規模ストライキの本質は反帝国主義運動であり、やがて反日運動に具現化されてゆく。日本商品ボイコットの様相は凄まじいものがある(p113)。デジャビュー。2012年の反日暴動。上海で、北京で、瀋陽で、日系デパートや自動車工場が破壊される有様が蘇った。なるほど、現在まで続く「反日」の源流はここまで溯るのだな。
・1931年、満州事変が飛び火して上海事変=局地戦が勃発する。国民政府の方針である非戦=撤退命令を無視して第十九路軍は抵抗を始める。その司令官の抗日宣言の内容は、敵ながらあっぱれとしか言いようがない(p153)。
・1937年の第二次上海事変=全面戦争がはじまり、日本軍が中国軍を駆逐すると、居留民は急激に増す。その数は1943年には10万人を超えたとあるが(p91)、彼らの暮らしは安穏だったわけではない。現地民による日本人の襲撃が日常と化したため、旧イギリス租界では男子一人でも歩くことは危険であり、小学生のバスまたは乗用車での集団送迎が当たり前となっていた(p140)。
・「侵略者としての自覚、後ろめたさ」(p131)、上海事変を起こした日本に対する著者の立場は明快だ。

主権を剥奪された租界を取り戻したい中国人民に対し、国力の差から締結された不平等条約、すなわち国際法を盾に彼らを非難する日本政府と帝国臣民。その姿は、まるで従軍慰安婦や2018年11月に大きく報道された徴用工の問題と同じ構図に見えてくる。
それはさておき「日本人租界」ともいえる虹口地区と長崎との深い関係、特に戦争中のそれを知ることができた。また、旧海軍陸戦隊司令部が、現在でも雑居ビルとして使われているのには驚いた(p198)。今度上海を訪問する際に見てみよう。

上海の日本人街・虹口 もう一つの長崎
著者:横山宏章、彩流社・2017年6月発行
2018年12月10日読了
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『上海』で興味を抱いた新感覚派の旗手、横光利一の作品集を読んでみた。代表作『機械』をはじめとする大正・昭和初期に発表された17の中短篇を収録。日本に定着しなかったとされるモダニズム文学だが、なかなかどうして、斬新で興味深い文体と内容だった。
・『セレナード』は、婚約者のふざけ合いを通じての心の機敏を描く一品。夏の豪華ホテルのパーティ会場、バルコニーと庭園、シガーの煙、上空を行く飛行船の爆音(p63)など、テンポの良い会話と相まって、大正・昭和の失われた光景が目前に浮かび上がる。
・デパートオーナーの息子が活躍(?)する『七階の運動』から無職貧困者の『街の底』まで、多様な階級の視点で現代社会を切り取る。どの作品もダイナミズムに満ち溢れているが、なかでも『街の底』の、貧しい場に、より貧しいものが頼って集う描写はとても痛ましい(p145)。
・『機械』はセンテンスが強烈に長いが、リズム感が生まれて、かえって読みやすく感じた。でもこの文体は流行しない=著者のひとつの実験なんだろうなぁ。
・『薔薇』 上海、東京、分厚い手紙、友人の妹かつ人妻への、押さえていた愛情の爆発。嫉妬感を抱きつつも、主人公自身と友人の立ち位置を客観的にとらえる描写が興味深い。
・『榛名』は、湖を望む旅館での一泊。様々な旅の人々の様相、刻々と姿を変遷させる自然の描写が、流麗な文章と相まって実に心地よい読書感を味わえた。情景と人情がすっと身に染み入る感覚とは、これか。

どの作品にも1920年代の薫りが漂い、興味深く読み進めることができた。触れる機会の少ないモダニズム文学を身近にしてくれる一冊だと思う。

セレナード 横光利一モダニズム幻想集
著者:横光利一、長山靖生、彩流社・2018年11月発行
2018年12月6日読了
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本書は、蒸気機関が船舶に応用された19世紀前半を嚆矢として、巨大なオーシャンライナーをはじめとする外航客船の歴史を取り上げる。興味深いのは平和時の姿だけでなく、19世紀からの戦争に利用されてきた側面も描かれていることである。
見知らぬ土地への好奇心(p1)。それは誰しもが持つものであろうが、本書を読み進めると、イギリス国民のチャレンジ力と、それが生み出した大英帝国の国力の膨大さに圧倒されてしまう。

・北大西洋定期航路、P&Oラインなどの東方路線、ブリティッシュ・インディア、太平洋路線、欧州・アフリカライン、日本の船会社を含む南米航路、フランス・ドイツ・イタリアの船会社と造船業、二度の世界大戦と戦後など、本書は幅広く客船を扱う。
・北大西洋航路を中心に客船の大型化、高速化は進化の一途を遂げる。蒸気機関を完成の域に昇華させたイギリスを筆頭に、フランス、アメリカ、ドイツ、イタリアが追い上げる構図はすごい。
・『グレート・イースタン』(p62)『オリンピック』『タイタニック』『ブリタニック』(p53,298)『エンプレス・オブ・インディア』(p162)『日本丸』(p172)『バルモラル・カースル』(p193無線電信器)『浅間丸』『秩父丸』(p336)等、後世に名を遺すスター・シップの誕生の経緯とその雄姿には、実に興味深いものがある。
・P&O、ホワイト・スター・ライン、キュナード・ライン、パシフィック・メール・ライン、日本郵船、大阪商船、東洋汽船、等々。各船会社の経営と「人」も紹介される。東洋汽船を率いた浅野総一郎はすごい人物だったんだな(p170,308)。
・初期の蒸気レシプロエンジンから蒸気タービン、ディーゼル(p234)、ターボエレクトリック推進(p365)、そしてディーゼル電気推進(p375)へ。機関の変遷だけでも面白い。
・日本の客船が戦火をかいくぐってきた哀しい運命を識ると、実に感慨深いものがある。横浜に係留される『氷川丸』は豪華だったが、今度は違う目で観てみようと思う。
・「当時の日本では船殻製作技術はあったものの、船内装飾のノウハウ~は高くなかった」(p339)というのは、現在でも変わらないと思う。
・船の歴史に海の男あり。本書では船会社、造船会社の経営者を中心に様々な人物像が取り上げられているが、現場の船員については戦時下の『コルンブス』の船長(p391)を除いてほとんど触れられていない。また別の機会にってところだろうか。
・インド、南アフリカ、インドシナ、オーストラリア。客船の航路に付随するのは「内地と外地」「宗主国と植民地」の関係だ。本書は客船・航路の観点から欧米侵略史観が述べられる(p142、p184インド大反乱、北清事変、ボーア戦争、スーダン事変等)。それにしても、19世紀から20世紀初頭は、一個人の熱意と働きが国をも動かす時代だったんだとわかる(p206西アフリカの逸話)。

著者は大阪商船(株)を経て九州急行フェリー(株)の社長を務めた「海の男」だ。それだけに「船」』一隻一隻への思い入れの深さが紙面から伝わってくる。
日本においても造船業が衰退して久しい。それでも「客船」の夢は消えることはないし、こんにちでも往時の航海の様子をクルーズで垣間見られる。本気で「客船」に乗ってみたくなった。

それにしても、20世紀になって登場した豪華客船『ノルマンディー』『クイーン・メリー』『ユナイテッド・ステイツ』は、モノクロ写真だけで見ても実にほれぼれする姿だ。一度で良いからこの目で見たかったな。(と思ったら『クイーン・メリー』がロングビーチに係留されているそうな。出かけようか。p387)

The History of Ocean Liners
客船の世界史 世界をつないだ外航客船クロニクル
著者:野間恒、潮書房光人新社・2018年11月発行
2018年11月27日読了
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芥川賞受賞作『広場の孤独』をはじめ、『方丈記私記』『若き日の詩人たちの肖像』『時間』『橋上幻想』など、まるで21世紀の混沌を予告するかのような「乱世に生きる強靭な文学作品」を遺した堀田善衛。
そうそうたるメンバー(みな1940年代生まれ)が堀田善衛の作品とその人を語りつくす。

・歴史を透視すること。繰り返し読み込むこと(p7,8)。
・池澤夏樹さんは『若き日の詩人たちの肖像』『方丈記私記』を題材に堀田文学を語る。かつてあった暗黒の時代、「最悪、ここへ戻る」(p25)可能性のある現代、何を頼りにして生きるか。それは個人の思想であり、世間の動きに一喜一憂しないこと(p33)。なるほど。
・国家から離れた時に自分はどこへ行き、何者になるのか(p49)。かつてベ平連に参加した吉岡忍さんの問いは、そのまま自問ともなる。『橋上幻想』の背景も見えてくる。
・異邦人の眼差し。それが鹿島茂さんと大高保二郎さんの文章から感じた重要な点のひとつだ。日本を、あるいは自分を客観的にみること。
・仕事の意味、あるは接し方を、「強靭な文学」(p161)堀田作品に裏打ちされた宮崎駿さんの言葉に見つけられたような気がする。
・世界を歩いて、見て、知る。歴史の重層性を知識のみならず体感として知る。その上で考える、か(p203)。

うすっぺらな人生を歩んでいるうちに、時間はどんどん過ぎてゆく。本書を読んで、密度の濃い生き方をしようと僕は心に決めた。

堀田善衛を読む 世界を知り抜くための羅針盤
著者:池澤夏樹、吉岡忍、鹿島茂、大高保二郎、宮崎駿、中西進、高志の国文学館・編、集英社・2018年10月発行
2018年11月25日読了
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貧しくとも幸せかつ心豊かに人々が暮らすルップマイゼ共和国で、マリカは生まれる。生後一日目にして与えられたのは小さな赤い手袋、ミトンだ。そう、この共和国の人々にとって、ミトンが生きる象徴であり、気持ちを伝える媒介でもある。恋をして、一生懸命に生きたマリカの生涯が、ここに綴られる。
ロマン・ロラン『ピエールとリュース』、テニスン『イノック・アーデン』を彷彿させる、美の香り豊かな文章。そして温かな挿画が物語を惹きたててくれる。

・共和国にはYESの言葉が存在しない。プロポーズの返事にミトンを心を込めて編み、自然の中で結婚式を迎える……なんとも素敵じゃないか。
・氷の帝国に支配される共和国。長い長い年月、人は耐えて、明日を信じ、そして旅立ってゆく。
・一日だけの長生きを神に願う描写が良い。(p115)
・最終章。「だって、泣いていても何も生まれないじゃないですか」(p188)この強さを、そっと胸に刻みたい。
・巻末にカラーで紹介されるは、モデルとなったラトビア共和国だ。1991年、ソビエト連邦の崩壊と前後して独立を取り戻した彼らの喜びは、報道を見て聴いていた僕にも伝わってきた。そして、マリカも最愛の夫と「手をつないで」静かに旅立つ(p191)。最後は涙なしでは読めなかった。

第6章、そのラストを読み返すのは辛い。胸に希望の灯のともる時、人は明日を信じて生きてゆくことができる。きっと、良い明日を信じて。

ミ・ト・ン
著者:小川糸、平澤まりこ、白泉社・2017年11月発行
2018年11月12日読了
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ミ・ト・ン (MOE BOOKS)
小川 糸
白泉社
2017-10-27



1925年に勃発した五・三〇事件を題材に、貿易商社・GEやAEGなどの国際的企業人、国で食っていけない流れもの、ロシア人亡命者、港湾の苦力、インド人商人、そして売笑婦。彼らとまじりあう日本人会社員・参木と甲谷の姿を通して、猥雑なエネルギーに満ち満ちた上海の姿が活写される。
いわゆるモダニズムの手法を駆使して書かれた文体は新鮮だが、読みやすい。

・上海の街の姿、特に夜の露地の描写が群を抜いている。襤褸を纏って眠る苦力、欧米人に群がる極彩色に着飾った売笑婦、裏露地の猥雑な商店、怪しげな物売り……。現在の上海からは想像できない混沌が、目前に顕われるようだ。
・祖国を追われた白系ロシア人。もと上流階級の彼らに生きる術は少なく、若い女性となればなおさらだ。参木の腕を取りながら「モスコウに帰りたい」とつぶやくオルガの姿が印象的だ(p83)。
・二八章、お柳の中国人の旦那と、木材商・甲谷とのやり取りは圧巻だ。中国の大きさを見せつけられた最後には、阿片に溺れる姿を見せつけられる甲谷は何を思うだろう。
・やがて勃発するは、日系紡績工場での中国人工員による罷業と死人、そして日貨排斥の嵐。邦人が街角で襲撃され、上海全市で大規模なストライキが発生し、食糧難となる租界。そんな中でも参木は、甲谷は女を愛で、自らの死を思い、飢えた胃袋を肴に煙草を飲む。
・随所に顕われるは、中国人の底意地の悪さ。これは現代と変わらないか。
・巻末の「横光利一の『上海』を読む」は五・三〇事件の背景と経緯が中国人の視点から解説される。2012年の反日暴動。上海で、北京で、瀋陽で、日系デパートや自動車工場が破壊される有様が蘇った。なるほど、反帝国主義、現在まで続く「反日」の源流は1925年に溯るのだな。

巻末の解説で唐亜明氏が述べるように、「人類はまちがいなく交錯した歴史の流れのなかで生きてきた」(p341)ことに同感。歴史教科書の内容をアジアで統一しようとする試みなどは一笑を買うであろう。
著者は序文(初版)に書いている。「自分の住む惨めな東洋」と(p312)。作中、李の山口宛の書簡(p276)に記された、世界支配を目論む西洋白人への東洋人の対峙こそ、著者が問題にしたかったことなのだろう。

上海
著者:横光利一、岩波書店・1956年1月発行
2018年11月10日読了
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上海 (岩波文庫)
横光 利一
岩波書店
2008-02-15



退役海軍提督を祖父に持ち、ウォールストリートの金融業界に努めるエリート・アメリカ人青年ラリーは、プロポーズした恋人に「日本をみてくること」を告げられる。京都、大阪、別府温泉、そして東京。見知らぬ日本の姿に一喜一憂しながら、ラリーは旅路の果てに何をみるのか。
著者ならではのユーモアとペーソスを楽しめる一冊。

・スマホやPCを持たない、往年の旅のスタイル。これは一度やってみたい。
・旅先で出会う人々。京都で一目ぼれした和装の女性と関係を結び、夜の大阪城を見上げながら旅のオーストラリア人と日本文化を議論し、"地獄"で温泉滞在20年の老アメリカ人と哲学を語る。アメリカ式生活を良しとする商社マン家族の孤独な少年とその母親に己の姿を映し出す。一期一会。
・やがてラリーは北海道・釧路へ向かう。ただ、丹頂鶴の舞う姿を求めて。そこで思わぬ人と出会い……。
・ラリーの祖父の言動には重みがある。「人間はみな、地球というバトルシップのクルーだ」(p133)として、普段見かけない老人ホームレスに躊躇せずに施しを与える。その貴い意識こそが軍人であることを許される所以か。こういう男を共に持ちたい。

ひとり旅。それは自分の過去を振り返ることであるが、著者は「大きな愛を知ること」でもあると解釈する。
釧路での"発見"はやや安直な気もするが、そこは御愛嬌か。

わが心のジェニファー
著者:浅田次郎、小学館・2018年10月発行
2018年10月23日読了
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1945年、敗戦・分割占領されたベルリンの米軍慰安所でウェイトレスとして働くアウグステの日常から物語は始まる。突然ソヴィエト監視所に連れられ、毒殺された旧知の演奏者について尋問を受けるアウグステ。ここで僕は既視感にとらわれる。冒頭から遠慮なく投げかけられるは、ひとの本質を突く強い文章。そう、これは『朗読者』『階段を下りる女』のベルンハルト・シュリンクを読んでいる感覚、いや、それを超越した骨太さだ。アウグステと"ユダヤ人"カフカの旅を追う「本編」とナチス政権下でのアウグステと両親の苦闘を描く「幕間」のバランスも見事だ。
・Ⅰ章ラスト近くの「高い建物が消え失せて…」の文章には唸らされた(p92)。
・廃墟となった繁華街の中で、それでも楽しく生きようとする人々の描写は心に残る(p138)。
・中盤で明かされるはカフカの運命。俳優として"演じる"ことの真の意味が語られる。
・「幕間」と、特にⅢ章のカフカの独白に表現される全体主義の恐ろしさよ。軍需用ユダヤ人、そして夜間の強制移住の恐ろしさは身の毛もよだつ(p266)。人間性の根幹からの否定。「ドイツ人は皆ヒトラーに洗脳されている」とアメリカ軍士官に言わせたのは絶妙だ。「…どれが"まとも"なのか教えてくれよ!」(p269)
・カフカにとっての"あいつ"。「まだ息があるのに埋めるな」(p267)。アウグステにとってのギゼラ(p214)。一生ついてまわるは後悔の念か、それとも忘却への願いか。
・ベルリン爆撃の描写は迫真だ(p427)。ブロックバスター爆弾と焼夷弾の恐ろしさが強く伝わってくる。
・知人はどんどん死んでゆく。ナチス親衛隊の手により、ユダヤ人収容所により、イギリスとアメリカの空爆により。「最後のひとりまで戦え」。ちぎれたハーケンクロイツ旗。「あんたも気をつけな。生き延びてまた会おうよ」(p432)赤軍の猛烈な侵略を受けたベルリン市民の最期は壮絶だ(p434)。誰もが殺しあう日々……。
・そして、密告者、隣人の喪服の女性が、自殺を試みた瀕死の女性が、アウグステに語ったある事実(p437)……。

物語に通底するは、非占領国民の強さと"哀しみ"だ。4か国の外国人に蹂躙され、未来を見通せない中で日々生きていくことの困難さよ。
戦後70年を経過しても"ナチ狩り"に執念を燃やすドイツ人の姿は、わかるような気がする。それは自らへ課す贖罪でもあるのだ。

旅路の果てに、それでも希望は、ある。ベルリンは晴れているか。これだけの物語を紡ぎ、胸奥深いところを緩やかに刺激する文章を書きあげた著者の力量に脱帽だ。

ベルリンは晴れているか
著者:深緑野分、筑摩書房・2018年9月発行
2018年10月16日読了
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