男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

カテゴリ: 書籍・雑誌

著者デビュー10周年ということで、買って放置していたデビュー作を読んでみた。
冒頭から最終章までぐいぐいと引き寄せられる展開に、登場人物の意志や性格のあふれ出る骨太の文体。納得の本屋大賞受賞作だ。
・だれしも護りたいもの、信じる者がいて、その思いが叶わなかったときの衝動は千差万別。そこに連綿性が顕われたときに生じた悲劇は、さらに悲劇を生み出す。
・「自分が直接裁いたことをどう思っていますか?」(殉教者)は、社会通念と隠された自己の思いを秤にかけること。重いなぁ。
・「信奉者」の章が秀逸。幼稚にして天才的な少年犯罪者の心理の深淵を覗くことは、われら大人にどのような責任を突きつけられることだろうか。
・「やればできる」のではなく「やることができない」には痛みを感じたぞ(聖職者)。

更生の第一歩。重すぎる一歩を、彼は踏み出せるのだろうか。翻って自分ならどうしただろうか。そんな思いを抱いて最終章を静かに閉じた。

告白
著者:湊かなえ、双葉社・2008年8月発行
2018年6月17日読了
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十代で実家を飛び出し、労苦の果てに零細企業に勤めながら小さな家庭を持つ真次。戦後、一代で確固たる企業王国を築き上げた父との確執。兄の死の秘密。みち子との関係。著者との分身とも呼べる真次の迷い込んだ「地下鉄の運ぶ不思議な時空間」の物語は、哀しくも心地好い余韻のなかで「家族」の意味を考えさせてくれた。

・焼け野原の銀座で、ソ連軍の蹂躙する満洲で、ギリギリの死線をかいくぐってきた男たちの姿は、凄まじい生命力にあふれている。「恨みごとなんぞ忘れて、先のこと考えましょう」(9章)
・モダン・ガールの闊歩する昭和初めの銀座の姿は、著者の筆にかかるとここまで艶やかになるのか(19章)。
・「運命というものの正体を、真次は確かにその目で見た」(20章)兄の最期とはいえ、キツイぞ。
・言葉よりも手と体が動く。少年時代の兄に対しての真次もそうだが、みち子の「行動」には、命のもつ輝きが感じられる。

地下鉄の車内で読み進み、13章の「銀座線のあのシーン」では涙が溢れそうになった。温かな気持ち。10年後にもう一度読みたい。

特別版 地下鉄に乗って
著者:浅田次郎、徳間書店・2006年7月発行
2018年6月14日読了
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地下鉄に乗って (講談社文庫)
浅田 次郎
講談社
1999-12-01





本書は、イギリスの実在の探検家、サー・リチャード・フランシス・バートンの半生を綴る。インド、アラビア、スワヒリ=東アフリカ。多様性という言葉ではくくり切れない、帝国世界のあらゆる姿を目の当たりにしたとき、人はどこまでその内部に同化することができるのか。
・イギリス東インド会社の士官としてインドはムンバイ、バローダ、カラチに赴任したバートン大尉。他のイギリス人士官と違って複数の現地語を習得し、ヒンドゥー、ムスリムの分け隔てなく現地人の間に溶け込み、ヒンドゥー神官たちの娼婦、クンダリーニと出会い、シンド州を支配する将軍の諜報網となり……。
・バートン大尉の第一の召使、ナウカラムは、まるで『八十日間世界一周』のパスパルトゥーを彷彿させる。彼と市場のラヒヤ=公認書記の会話とバートン・サーヒブ(白人の旦那様)に仕える愛人、クンダリーニの存在が、インド編の面白さを構成する。そして売春宿と反英ネットワークを見つける手柄を立てるが……。まるで19世紀のインド西部に住まうようなリアルな感覚を味わえる。

「インド出身イスラム教徒」になりすまし、同行者やキャラバン隊に正体を見破られることなく、聖地メッカへの巡礼をなしとげたバートン。『アラビア』の章ではカアバ神殿への巡礼(p418)、ベルゼブブへの投石のシーン(p448)など、興味深い描写が展開される。
イギリス政府のための調査だけにとどまらず、現地人に溶け込むことで、メッカでは真のムスリムへの改宗の衝動にとらわれる点等にも、彼の愛すべき人間性が現われている。

東アフリカ編も面白い。バートンの行動記録と三つの人生を生きたアフリカ人、シディー・ムバラク・ボンベイの語りから物語は進む。
・アフリカ内陸部での幼少期、奴隷狩り後のインドでの生活、解放されてからのザンジバルへの定着。シディーの人生もバートンに劣らず興味深い。
・ザンジバルと内陸の三つの部族は「こんなにも違う」のに、白人は「同じ」と断定する。
・生死を賭けた旅路の果てにタンガニーカ湖を発見した喜び(p597)。そしてそれがナイル川の上流でないとわかったときの落胆。バートンは病に伏す。探検の同行者にしてライバル、ジョン・ハニング・スピークがナイル川の上流とされるニャンザ湖を先に「発見」し、女王と自身の母親の名前である「ヴィクトリア湖」に名付け替えたことは、バートンにとって一生悔いの残るできごとだったに違いない(p630)。
・「長い間考えてやっと、湖や山や川にたくさんの名前があっても別にかまわないだろうって結論を出した」(p631)この多様な人生を生きたシディーの考えこそ、素晴らしいものだと思う。

タンガニーカ湖を発見した功績からSirの称号を得て、晩年は領事としてイタリアに赴任し、そこで生を終える。カトリックの中で、孤独なイスラム教徒として。そして千夜一夜の翻訳家として名を遺した。


DER WELTENSAMMLER
世界収集家
著者:Ilija Trojanow、浅井晶子(訳)、早川書房・2015年11月発行
2018年6月10日読了
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世界収集家
イリヤ トロヤノフ
早川書房
2015-11-20

17の短編と翻訳者による解説が収録される。すべてが骨太かつ不器用な「男の世界」、それでも優しさは存在する。

『The Gambler, the Nun, and the Radio ギャンブラーと尼僧とラジオ』
メキシコ人が銃撃され搬送された病院での入院患者フレイザー氏の体験。これといったトピックはないのだが、ラジオの件が気に入った(p198)。人々の寝静まった深夜、ボリュームを絞ったラジオに耳を傾ける。遠い街の音楽を聴き、DJのトークに聞き入り、その街と人々の情景を思い浮かべ、そして、その街の人になる。デンヴァー、ソルトレークシティ、ロス、シアトル。未明になると時差の関係で、ミネアポリスの陽気なミュージシャンの演奏が始まる……。アメリカ西海岸へ行きたくなるな。
「つづけるんですよ、のんびりとね。で、運が変わるのを待つんでさ」(p206)こういう生き方も悪くないかも。
人民の阿片、についての考察も傾聴に値する(p207~211)。

『A Natural History of the Dead 死者の博物誌』
「ほとんどの人間は動物のように死ぬ。人間らしくは死なない」(p135)
田園地帯の弾薬工場の爆発跡。そこに散乱する数えきれない女性の遺体の描写は激烈だし、第一次世界大戦時の放置された戦死者の様相は異様だ。イタリア戦線の野戦衛生隊で数多の死にゆくものを見つめてきた著者ならではの記述は、実に生々しい。

『The Short Happy Life of Francis Macomber フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯』
東アフリカ、あるいは南部アフリカにおける「ゲーム・ドライブ」。こんにちでは大型動物の観察こそ観光の目玉とされているが、1930年代には狩猟が許されていたんだな。だから本当の意味での「ゲーム・ドライブ」か。
風を巻いて草むらを突進してくるライオン(p288)に、怯えの感情を抱くのは人情というものだろう。だがアフリカの世界では逃げることは許されないし、主人公マカンバー氏のように、白人からも黒人からも軽蔑の眼差しを向けられることとなる。そして妻からも愛想を尽かされるハメとなる。
"怖いもの知らず"への変化。これが「男を支える背骨なのだ」(p310)

『The Snows of Kilimanjaro キリマンジャロの雪』
タンザニアに存在し、ヘミングウェイも滞在したケニア・アンボセリ国立公園から、その神がかった雄大な姿を眺めることができるキリマンジャロ山は、この作品によって全世界的にその名を知られるものとなった。
「前方の視界いっぱいに、さながら全世界のように広く、大きく、高々と、信じがたいほど真白に陽光に輝いて、キリマンジャロの四角い頂上がそびえていた」(p362)
そうだ、このスケールからすると、麓で展開される人間たちの呻吟や生死など、どうでも良いことのようにみえてくる。ヘミングウェイもそのことを伝えたかったのではと思う。

ヘミングウェイ全短編2 勝者に報酬はない キリマンジャロの雪
著者:Ernest Hemingway、高見浩(訳)、新潮社・1996年7月発行
2018年5月12日読了
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元大手都市銀行の支店長にして町金融会社社長、軽部順一は、突然の老中国人からの申し出に戸惑っていた。中華民国総統の密使いわく「100億円を融資しろ」と。昭和20年に船とともに台湾沖に沈んだ金塊のサルベージ:町金融のバックの巨大暴力組織、財界のフィクサー、元大本営参謀を巻き込んでの壮大なプロジェクトが始まろうとしていた。

紳士らしく矜持を保つことの重み。よォーそろォー。よォーそろォー。涙はなけれど男泣きだ。

・自分の意思で何かをなしとげたことなど、ただの一度もなかった人生(上p187)。軽部にとっても、東大卒の新聞記者、律子にとっても、これは転機でもあった。一生を何かに賭けること、ここに人生の意義がある。
・日本とタイを除いて欧米諸国の植民地として搾取されてきたアジア諸国に光を射し込むは、大東亜共栄圏。その夢は、どこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。仲間の首席操舵手を殺された一等航海士に「軍人は勝手に戦をして…」(上p245)と言わしめた点にあるのだろうか。
・「喪われた時間」の章が秀逸。弥勒丸。五十六億七千万年の後にあらわれる救世主。すなわち、そんなものは永遠に来ることがないということを知るからこそ、人間の力で助け合うことを教え諭し、自らも実践する元日銀マンの土屋の人生は高尚だ。そんな彼にとって律子との邂逅は、まさに神の導きなのだろう。律子に「何か目に見えぬ力が、頭を下げよと命じている」のもさもありなん(上p372)。そして「帰郷」の章の日比野の言葉に涙する(下p101)。
・「ひとつの志に生涯を賭けた男同士。これを義兄弟という」(上p285)。そして生きねばならぬ理由。老いた三人のフィクサーの来世にこそ幸あれ。
・「そう、すべては人間の意志によるのだ」(下p366)これには強く同意する。

1999年の作品だが、このグローバルの時代にこそ受け継がれるべき日本人の尊厳が紙面いっぱいに溢れている。感涙を我慢してページを閉じた。浅田次郎は最高だ!

Scheherazadeシェエラザード(上)(下)
著者:浅田次郎、講談社・2018年2月発行
2018年4月21日読了
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暗黒大陸。この言葉に込められた、アフリカの歴史を否定する見解から脱却し、黎明期からの独自の地域史・交流史を探求する動きをコンパクトに紹介する一冊。アフリカ入門書としても適切かと。

・驚くのはその歴史教育だ。1922年にイギリス領・ウガンダに設置された大学に歴史学講座が開かれたのは1949年、その内容はヨーロッパ史とイギリス史のみで、かろうじて「熱帯アフリカ史」科目が設けられたのは1951年だ。その内容も奴隷貿易、アフリカ探検家、特許会社、キリスト宣教師、アフリカ分割と第一次世界大戦と、アフリカ社会に発起する分野は何もなかったのか(p17)。アフリカの年と呼ばれた1960年に、自国と自民族の歴史の奪回が悲願であったことは大いに納得できる。
・第3章はアフリカについての記述の歩みを概観する。15世紀まではヨーロパ人(ヘロドトス、プトレマイオス)・アラブ人によるものに偏っており、16世紀になるとアフリカ人自身の記述が登場する。初期はイスラームの影響でアラビア語だが、後に各王国が独自の文字を登場させる。大航海時代の探検家の記録は、やはり偏っているなぁ。植民地時代~1950年代は黒人に対する差別が当然とされた時代でもあり、ヨーロッパ人は人文社会よりも自然に重点を置いていたらしい。アフリカ人自身の歴史の記述は、例えばジンバブエ遺跡が現地の住民によって建設されたことは、独立以降にやっと認められたという。
・アフリカ各地に存在した王国と「帝国」は、必ずしも西洋的な尺度の当てはまらない。それでも、緩やかな連邦制の帝国が西洋文化の影響を受けて中央集権制へと変遷する様は面白い。人種・文化の多種多彩なコスモポリタン都市を抱えたスワヒリ文明の考察も興味深い。

アフリカだけではない。彼らの肩を持つわけではないが、朝鮮民族の歴史は1945年の独立以降に正当化されたし、現在中国共産党の圧政下にある各少数民族の歴史は闇に隠されたままだ。規模はそれぞれにせよ、民族自決の実現したときにこそ、「本当の歴史」が明かされるということだな。

アフリカ史の意味
著者:宇佐美久美子、山川出版社・1996年9月発行
2018年4月7日読了
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アフリカ史の意味 (世界史リブレット)
宇佐美 久美子
山川出版社
1996-09-01



インド洋に面するタンザニア・ザンジバル島を中心とする東アフリカ沿岸地域の歴史をコンパクトに概観できる。

・インド洋西域の季節風が、アラブ人とインド人、そして交易品をアフリカ東海岸へと運ぶ。イスラーム文化の浸透、文化的統合、通婚。ザンジバル島北西端のストーン・タウンをはじめ、人種・文化の多種多彩なコスモポリタン都市の誕生。15世紀にはスワヒリ社会が「文明人」の言葉、スワヒリ語とともに形成される(p24)。
・まるで古代ギリシャのようなスワヒリ諸都市の自律性。そこに付け入ったポルトガル。「人種や民族の境界をこえて人と人を結びつけてきたインド洋世界」(p42)の文化との衝突は、過酷な侵略と統治ともたらした。。
・西洋を駆逐したオマーンが新たな支配に乗り出す。商人世界の大繁栄。多大な利益をもたらす商品は象牙と内陸部の奴隷たち。ヴィクトリア湖とタンガニーカ湖の周辺での奴隷狩りは、ベルギー・コンゴによる支配とどちらが過酷だったのだろう。そこに「奴隷解放」アメリカ人商人による無担保クレジットが効いていたとは、歴史の皮肉か。
・リヴィングストン、スタンリー、マフディー軍。アフリカ人商人ティップ・ティプ、「湖水の人」ミランボ。19世紀の群雄伝さながら。そして列強による東アフリカ分割へ。

アラブ商人、インド商人の混淆、ポルトガルの侵略、オマーン国王による直接統治、そしてイギリス保護領へ。先進的な沿岸部住民による"奴隷供給地"アフリカ内陸部への進出。環境に翻弄されたとはいえ、地域史とはかくも面白いものなのか。

スワヒリ都市の盛衰
著者:富永智津子、山川出版社・2008年12月発行
2018年3月31日読了
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1920~1930年代の多種多様なカタログ・ちらし類から、モダン都市ライフを取り巻く文化装置を解説する一冊。現在からみても斬新な、豊かな消費文化の情報が解き明かされる。

・規制が少ない時代なのか、電気鉄道会社は沿線への住宅供給だけでなく、電灯用電気の供給販売まで行っていたことが、阪神急行電気鉄道のパンフレットを例に示される(p31)。
・「六甲苦楽園(温泉)」「春の摩耶山」「山は朗らか(六甲ケーブル)」などのカラフルなパンフレットは見て楽しい。生活水準が向上し、庶民でさえ郊外の行楽地へ足を延ばす、そんな光景がありありと浮かぶ(p34,46)。
・大正9年にはウインタースポーツとしてのスキーが活況で、スキー臨時列車なども準備されていたのか(p68)。
・「世界服飾文化博覧会」はとても興味深い。西洋やAA諸国のファッションに交えてMade in Japan製品の飛躍ぶりを示す内容は、満洲国「新京」の完成した昭和9年という時節もあって、さぞ壮観だったのだろう(p94)。
・「百貨店とファッション」と称する8ページに及ぶ内容も興味深い。新しい生活文化に触れる場所という点では、現代も変わらない(p102)。
・百貨店と並びモダニズムを代表するは「ホテル」だ。各地のリゾートホテル、都市型ホテルを合せて14ページもの紹介は充実している。甲子園ホテルも六甲山ホテルも、失われたのは惜しいなぁ。

戦前日本の都市生活は、実にカラフルだったことがわかる。

京阪神モダン生活
著者:橋爪紳也、創元社・2007年12月発行
2018年3月27日読了
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京阪神モダン生活
橋爪 紳也
創元社
2007-12-01


横浜の開港より遅れること9年、それでも急激にハイカラな街として神戸が発展した理由は何か。それは居留地の外に設定された「雑居地」の存在に他ならない。本書は、欧米人と日本人が日常的にコンタクトし、その中で育まれていった「神戸のコーヒー」の歴史を味わうコンパクトな一冊となっている。

・ブラジル産でもコロンビア産でもなく、神戸にもたらされた最初のコーヒーは英領インド産だったとは意外だ(p12)。
・日本茶店とコーヒーの深い関係。同じ舶来品だから抵抗なく受け入れられたというわけだ(p14)。あと、日本茶を好んで飲んでいたアメリカ人が、日清・日露の戦争で手に入らなくなった影響によりコーヒー党に変わったことから、戦後の日本でもコーヒーが流行するに違いないと踏んだ先人がいたんだな(p74)。
・1927年の元町。大丸百貨店開業、すずらん通り、映画産業の隆盛にコーヒー店の相次ぐ開業……。さぞ活気にみちみちていたんだろうな。
・終戦後、そして阪神淡路大震災からの復興。神戸とコーヒーの深い関係は続く。

にしむら珈琲店、神戸凮月堂、フロインドリーブ、ユーハイム、ゴンチャロフ、伊藤グリル、オリエンタル・ホテル。元町、三宮、新開地、垂水の喫茶店とカフェの数々。ああ、歴史を識(し)ると、店巡りが楽しみになってくるぞ。

神戸とコーヒー 港からはじまる物語
監修:UCCコーヒー博物館、神戸新聞総合出版センター・2017年10月発行
2018年3月17日読了
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神戸とコーヒー 港からはじまる物語
神戸新聞総合出版センター・編
神戸新聞総合出版センター
2017-10-31



戦死でも戦病死でもなく、戦地にはありえない「死亡」。従軍作家の小柳逸馬は事件を検証するよう密命を受け、帝大出身の検閲班長、川津中尉とともに北京飯店から長城の現場に派遣される。
かつて陸上自衛隊に身を置き、「歩兵の本領」を熟知する著者ならではの視点が随所に活かされている。

・著者を彷彿させる流行"探偵"作家の小柳逸馬といい、小田島憲兵曹長といい、意志と人生の経験に熟成された奥深く素晴らしい人間味を醸し出している。「動物的直感は人間的思考にまさる」(p15)
・「尾根を天翔る龍のようにのたくりながら、高く低く、視野の限りに長城が延びていた」(p71)の叙述は、僕も長城を旅行したのでわかる。巨大なのは万里の長城だけではない。他の浅田作品でもそうだが、中国人の懐の深さはとても印象的だし、大陸の巨大さには際限がない。戦いを続けながら「この戦争の大義を探す」日本の姿が矮小に映る。体格も含め、倭人=倭(ちいさい)人か。
・関東軍の謀略に彩られた、勝てる見込みのない戦争。川津中尉も小田島曹長も抱くこの疑問を表面化させることは、しかし、皇軍の兵隊には許されないのだ。
・「良心。懐かしい言葉だ。たぶんその所在を信じた者から命を落とすのが、戦争というものだろうが」(p147)

宣戦布告なき「事変」という名の中国大陸侵略に30万人もの大兵力を投入する無謀さ、いつまでも勝てない事実。これが「死亡」の遠因であり、「組織の論理」が見えざる手となって働く。このあたりの構成は実にお見事。

日本と中国の一般市民が底なしの泥沼に引きずり込まれる「やくざな戦争」(p294)、そして最終ページである人物が言い放つ「どうせ○○○○の戦争だ」。著者が声を大にして伝えたかったのは、このことではないだろうか。

長く高い壁 The Great Wall
著者:浅田次郎、角川書店・2018年2月発行
2018年3月10日読了
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長く高い壁 The Great Wall
浅田 次郎
KADOKAWA
2018-02-28


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