男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

書籍・雑誌

揺るぎない文化と歴史を誇るフランス帝国と大英帝国。多数の観光客が訪れる名所旧跡には、例外なく戦争の記憶が宿っており、これが「恵まれた島国」日本との最大の違いである。
本書は、欧州で繰り広げられた戦争を軸に、世界を代表する二大都市、パリとロンドンの魅力と、人生を全力で生きた人物の魅力を披露する。

古くはローマ時代の遺跡、城塞都市であるパリとロンドンの拡張に継ぐ拡張。百年戦争とジャンヌ・ダルク。ヴェルサイユ宮殿とルイ14世。フランス革命と全欧州を敵に回しての革命戦争。ナポレオン。エッフェル塔、凱旋門、普仏戦争に始まるフランス国民のドイツへの憎悪の連鎖、その反動としてのヒトラー、ド・ゴール。
蝋人形館のマダム・タッソー、マウントバッテン卿、ウェリントン、ワーテルロー(ウォータールー)、クリミア戦争とナイチンゲール、ノーベル平和賞第一号のアンリ・デュナン、第二次大戦下のジョージ六世、チャーチル。
そして、ユーロスターがイギリスとフランスの歴史を大きく変える。

圧巻は、やはり二人の英雄だ。
ナポレオン。一砲兵少佐からフランス革命を利用し、三階級特進で少将の地位を得た後は、水を得た魚のごとく、勝利を重ねる。陣頭指揮を執るナポレオンの姿は、兵の士気を高め、忠誠心を植え付ける。
凱旋門はただならぬ歴史の場所であることが分かる。
アウステルリッツの勝利、前例を嘲笑うようなノートルダム大聖堂での戴冠式、スペイン・ポルトガル侵略と敗退。
そして、セント・ヘレナ。満足な人生だったろうな。

もう一人はネルソンだ。自らの命と引き替えにイギリスを護った英雄だが、奥さんをほっといて"貴族の愛人"を自分の愛人にして子供を産ませ、その貴族の最後を二人で看取るという、すごい人物だったんだなぁ。(英雄、色を好むってヤツか。)
私生活はさておき、軍歴は華々しい。12歳で海軍に入り、20歳で大佐! フランス、オランダ、スペインを相手に戦い、20代で艦隊司令官の地位に就くのだが、その引き替えに右目と右腕を失っていたとは知らなかった。
トラファルガーの海戦に臨んでは、次の言葉で部下を奮い立たせる。
England expects that every man will do his duty.

そして、フランス軍艦の攻撃で重傷を負い、人生の最後に残した言葉は達観だ。
Now I am satisfied. Thanks God, I have done my duty.

……死ぬ間際に、このような言葉を遺せる人生を送りたいものだ!

で、ネルソンの旗艦、ヴィクトリー号はポーツマスに展示保存されているが、なんと、まだ現役扱いでイギリス海軍に所属し、正式な艦長もいるらしい。
ロンドンとポーツマスに行きたくなってきたぞ。(冬のロンドンは厳寒だろうな……。)

パリ・ロンドン 戦争と平和の旅
著者:辻野功、創元社・1996年6月発行
2009年10月30日読了

アパルトヘイト政策が続く1986年の南アフリカ。ケープタウンの自宅に戻ったミセス・カレンは、ガレージに居着く一人の浮浪者を発見する。
「よりによって、こんな日に……」
こんな日。すなわち、70歳のカレンが"末期ガン"を宣告された日に、だ。

「こんな国」からアメリカに移住させた一人娘は結婚した。一度も会ったことはなく、永遠に逢うことのないであろう二人の孫たちもいる。日常を共有するのは黒人の家政婦とその幼い娘たち。戻ってきた家政婦の長男は「黒人の闘志」と自覚している。その友人の冷たい目。
歓迎せざる者たちが集うようになった我が家。しかし、ミセス・カレンの頼りにするのは、一人の浮浪者のみ。その異臭のする中年男へ、娘への長い手紙=遺書を託す。

白人と黒人の絶望的な隔絶。本名を明かさない黒人。躊躇無く発砲する白人警官。黒人を分裂させて支配する"アフリカーナー"。ラテン語も幅広い教養も役に立たない。"ただ善良"なだけでは生きてはいけない、この国の悲しい現実。

弱り切った白人老女を蹴り、口に棒きれを突っ込み傷を負わせるのは、10歳にも満たない黒人の子供。銃と爆発物を扱うのは、15歳の黒人少年。けしかけるのは黒人の指導者たち。
「アパルトヘイトの終焉」や「人種の融和」等の言葉が寒々しい。きれい事ではすまされない南アフリカの闇が、赤裸々にされる。

大人の黒人に闘争の無意味さを説いても、価値観の違い、と一蹴される。それだけならまだしも、黒人少年に、闘争への参加を止めるよう説き、それが聞き入れられず、自宅に踏み込んできた警官隊に射殺されるのを目の当たりにしたことは、ミセス・カレンにとって大きな悲劇だろう。

一方で、白人が黒人を支配、虐待している事実へ自分が荷担していることも意識している。
「白人は灰に、黒人は塊のまま地面に埋まり、その上を白人が踏みつけて歩く」

ブッカー賞を2回、そしてノーベル文学賞。著者のJ.M.クッツェーのテーマは「恥」にある。
抗ガン剤の副作用による幻覚との戦い。女としての弱さ。遠く会えない肉親ではなく、素性の知れない男へ気を許すことの"罪"の意識。いまわの際の描写は、悲しく、はかなく、美しい。

AGE OF IRON
鉄の時代
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅰ-11
著者:J.M.クッツェー、くぼたのぞみ(訳)、河出書房新社・2008年9月発行
2009年10月21日読了

第二次世界大戦が終結して10年後のロンドン近郊、旧イギリス貴族の由緒ある屋敷。新しいアメリカ人の主人から短期間の休暇を与えられた執事、スティーブンスは、西へ向けてのドライブ旅行に出かける。過去に屋敷を去ったミス・ケントンの消息を訪ねると言う目的を持って。

展開されるイングランドの田舎の素晴らしい光景。諸外国の派手さではなく、落ち着き、慎ましさこそ、イギリスの持つ真の美しさである、と思う。
道中に出会うさまざまな人々との会話を通じ、執事としての栄光の日々が思い起こされる。
自らの職業的あり方を貫き、それに耐える能力こそ、品格の有無を決定するとの思いは揺るがない。
そして、品格を体現したという自負心。誇り。
自ら仕えたダーリントン卿こそ、真の紳士。
しかし、過ぎ行く大英帝国の残照が、影を指す。

そして、ミス・ケントンとの再会。過ちの人生がはっきりと姿を現す。

旅を終えて気づくのは、過ぎ去った執事としての栄光の人生。些細なミスの多さが、体力・知力の衰えをはっきり示す。
パックス・ブリタニカの権勢はとうに過ぎ、米ソ超大国に挟まれ、1960年代に植民地の独立が相次ぎ、衰退するばかりの祖国。
そして、もしかしたら歩めたかもしれない、ミス・ケントンとの結婚生活……。
それらが夕焼けの光景に重なり、スティーブンスは静かに涙を流す……。
「日の名残」
タイトルが見事な、美しすぎる物語。
英国最高のブッカー賞受賞作。納得だ。

THE REMAINS OF THE DAY
日の名残り
著者:カズオ・イシグロ(石黒一雄)、土屋政雄訳、早川書房・2001年5月発行
2009年10月13日読了

法律に則り、地方自治体どうしが互いに敵と見なし、計画的に戦争「事業」を遂行する。この突拍子のないアイデアを純文学スタイルに仕立てたのはスゴイ。
最初の方は違和感を憶えながらも読み進む。
知らぬ間にはじまり、終わる戦争「事業」。地元住民への形だけの説明会、役場の序列、お役人体質、条例、議会決議、役所独特の文書。

中盤の「査察」は圧巻だ。たった一夜の逃避行が、長く感じられる。恐怖と開放感。日常と紙一重の戦死。
後半は、定めた者たちの人生が随所ににじみ出る。会社の主任、香西さん、そして山道の地蔵。

第17回小説すばる新人賞受賞作か。映画化もされた。
"香西さん"の公務と私情の狭間で揺れる心情が、鎮守の森で、砂浜で、偵察分室で垣間見える描写には、何度もうならされた。

となり町戦争
著者:三崎亜記、集英社・2005年1月発行
2009年10月3日読了

2003年、ブッシュ政権のネオコン最盛期から、米国世論に厭戦気分が蔓延し、英国軍など「有志同盟」が解体しはじめた時期に朝日新聞系のメディアに発表された論評集。

中国に配慮しすぎではないの? と余計な口を挟みたくなるが、熟練の筆だけあって、安心して読める。

米国衰退、朝鮮核半島、中国標準、文明衝突、強制戦略。
400頁にもおよぶ本編のテーマは多岐に渡り、どれも読み応えがある。だが中核は「日本孤立」に関する危機感だ。
そして全篇に通底するのは、多様な意見を聞き、議論し、妥協を探ることの価値を説いていることだ。

■民主主義の活力の弱体化
小泉政権が登場し、孤立化、右傾化、そして何より、他者への非寛容さが加速した。著者の親日派の友人-米国人、韓国人が懸念し、非難し、半ばあきらめ顔で語るのを、著者は苦い思いでいたに違いない。
歴史問題では、靖国神社参拝反対者への言論テロ、そして暴力が放置されてきた。
拉致問題では、あろうことか東京都知事が、外務審議官に対する脅迫を"擁護"し、"あおる"ような発言をしたにもかかわらず、非難する者はいない。
民主主義が云々の問題ではなく、道徳の問題とも言える。寄らば大樹の陰、長いものには巻かれる日本社会の特質か?

自由と民主主義と市場経済は、日本一国主義ではなく、国際社会で生きる大前提だ。少数の尊重と多様性の保障(保証ではなく、暴力からの"保障")、透明性と言論の自由の確立が、あらためて問われる。

■早期英語教育無用論
「小学校は日本語優先。英語教育など不要」(伊吹文相:当時)
この国際化社会にあって、英語教育は早いに超したことがない、これは海外旅行で苦労した僕の経験からも言える。なにせ、話せないと、相手にされない。
著者は力説する。英語は世界に生きるための糧である、と。
「言葉は社交のために学ぶ。社交とは人間が社会でよりよく、より豊かに生きていく術である」(395頁)
「英語が事実上の国際共通語である以上、それをよりよく使いこなすことが国際社会で自らの機会を追求し、自らの可能性を発見し、自らの志や夢を表現する上で決め手になる」(396頁)

■日本外交レインボー・ブランド
21世紀、日本文明は米国文明と中国文明の狭間に位置する。これを危機ととらえるのではなく、持ち前の融合力で調合することで、新たな発展が期待できる。その力の源泉として著者は七つの力を提唱する。
経済力と技術力(モノづくり)、民生力(民主主義に基づき国際ルールを築き使命を果たす力)、地域安定力(日米同盟と東アジア諸国の地域協力を結びつける力)、文化力(文明の"与え方")、海洋・森林力(土建国家からの脱却)、共感力(途上国の境遇と挑戦への想像力)、そして融合力(新しい日本文明。そして普遍的な世界文明)。

■それにしても……。
2000年代以降のプチ国粋主義とでも言おうか。戦後政治、戦後教育の全否定。国連の否定。日本国中心主義。"勇ましい"右傾化。この風潮には不快さを感じていた。
昔は愛読していたSAPIO誌はその流れに乗ったから、とっくに読むのを止めたし。
グローバリズム経済にはくらいついているが、政治・社会交流、文化交流の面ではどうだろう。日本中心主義、「日本人、サイコー!」と陶酔している間に、世界中から見放された。そんな感じ? 

思えば、小泉(アメリカべったり、他国の心情無視の靖国神社参拝)、安倍(美しい国。その実、アメリカ賛美と戦前日本の美化)、福田(よくわからない)、麻生(ローゼンメイデンを愛読? 国民生活の破綻を尻目にアニメの殿堂?)と、それこそ、とんでもない時代だったな。
で、この4人って世襲政治家なんだな。まぁ鳩山政権もそうだけれど。

民主党政権になって、この流れが大きく変わる予感がする。矢継ぎ早の新政策の発表と、国連総会での地球温暖化防止策。米中が沈黙する中、EUには歓迎されたし。
日本政治だけでなく、日本社会も変わるかな。これまで期待していなかった分、刮目しようか。

日本孤立
著者:船橋洋一、岩波書店・2007年7月発行
2009年9月19日読了

「袋小路の男」
芥川賞受賞作の前作に当たるのかな? 川端康成文学賞受賞作だ。
女主人公は高校生時代から酒とタバコに溺れ、大学でそれなりの経験を積んでいるんだが、こと、高校の一学年先輩「袋小路の男」とは、指一本触れない関係が12年も続く。

「小田切孝の言い分」は続編だ。
知り合って18年間の二人の関係。純愛は続く。友情を越えてはいるが結婚の意思なし。男女の関係を抜きにした恋愛の姿。

この二編を通じて、純愛のひとつの姿が、それも人生の姿が突きつけられる。

若いうちに好き勝手やっておいて、言い寄る女を手元に残し、定職にも就かず夢を追う男。浮気しながらも、決して報われることのない愛に生きる女。順調に家庭を築く周りの友人とは違った人生を歩むこと。それはもう、辛辣だ。

「アーリオ オーリオ」
30代理系独身男と、姪っ子中学生の手紙のやりとりが微笑ましい。ケータイメールではなく、手紙。片道3日間の距離は姪っ子の想像力をかき立てる、安心して読めた。

袋小路の男
著者:絲山秋子、講談社・2004年10月発行
2009年9月14日読了

19世紀末から第一次世界大戦にかけ、まさにイギリスの世紀に、時代の寵児として名声を獲得した、ラドヤード・キップリング。日本ではジャングル・ブックの著者として知られるが、他の著作は、意外にも多く出版されていないのが実情だ。

本書は、インド、インドネシア、南アフリカ……。首都、ロンドンを遠く離れ、大英帝国の辺境で働く男たちの物語を中心にした短編集だ。キップリング="帝国主義文学の第一人者"としての作品を気軽に味わえた。

「領分を越えて」(印度の窓)Beyond the Pale(1888年)
19世紀の大英帝国インド植民地。統治する白人は租界地に住み、現地人社会とは隔絶した社会を形成している。その"領分"を侵した若いイギリス人男子とインド女性の逢い引きが社会に知れることとなり……。伝統的な、その実、残酷な現地社会の掟。女性のあまりにも悲しい運命が、辛い読後感をひきずる。

「めえー、めえー、黒い羊さん」Baa, Baa, Black Sheep(1888年)
自伝的小説。若くして才能を開花させた秘密が、本作から垣間見える。インドでの小皇帝の生活から一変、イギリスで親戚の家に預けられた幼いキップリングは、厳格な宗教的規範と、除け者にされる毎日に絶望する。読書こそ唯一の避難所であり、文学的才能を培ってゆく。

「交通の妨害者」The Disturber of Traffic(1891年)
オランダ領インドネシア、の海峡で、イギリス人の灯台守は孤独に堪え忍ぶ。徐々に精神は蝕まれ、静かな海峡に"無粋な横筋"を付ける船舶に対し、実力行使に出る。油を燃やしたブイを浮かべ、船舶の通過を妨害する事件は、オランダ海軍とイギリス海軍を巻き込む国際的事件となる。
強力な帝國と、その先兵の弱さが対照をなす。

「橋を造る者たち」The Bridge Builders(1893年)
インダス川に新設計の橋を建築する二人のイギリス人技師。協力的な現地人パートナーは建築者のうちには入らない。
「命より大切な名誉と信頼のために働く」(146ページ)
完成直前の橋を突然の洪水から必死に護る白人とインド人の姿には引きつけられるが、後半のヒンドゥーの神々が登場するくだりは興ざめだ。

「ブラッッシュウッド・ボーイ」The Brushwood Boy(1895年)
富裕な家に生まれてパブリックスクールで育ち、陸軍士官学校を卒業し、インド植民地軍で若くして中佐に出世した、典型的な帝國男子のジョージ。「人のやらないこと」を率先して行う彼に対する同僚と女性たちの評価は極めて高い。成功した現実世界とは別に、幼い頃から住み続ける夢の中の世界。そこで出会う女性こそ……。最後はファンタジーか?

「メアリ・ポストゲイト」Mary Postgate(1915年)
第一次世界大戦期のロンドンが舞台だ。空軍に志願した中流階級の"ぼっちゃん"の死。それを淡々と受け入れる家族。墜落して負傷したドイツ兵に対峙した、メイドである女主人公の意志の強さ。そこに、古き良きイギリスの姿が浮かぶ。

その他、初期のインド植民地を舞台にしたファンタジー「モウロビー・ジュークスの不思議な旅」、旧友への復讐と和解をテーマにした「損なわれた青春」が収録されている。
ボーア戦争期の鉄道マンと海軍水兵が語る完璧な未亡人「ミセス・パサースト」は実に魅力的だ。

キップリングの代表作とされる本格的長編「キム」や「グレートゲーム」を読んでみたいなぁ。

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キプリング短編集
著者:橋本槇矩(編訳)、岩波書店・1995年11月発行
2009年9月12日読了

膠着した紛争の出口を求めるのは容易ではない。
どこまでも正義を追求するのか。それとも、平和を求めるのか。

戦争被害を被った者から見て、妥協による平和はありえないし、戦争犯罪人の"恩赦"などとんでもないことだ。一方で、この先、数十年の紛争と混乱に耐えられるほど、人間社会は盤石ではない。

破綻国家に陥る恐怖が、大国主導による和平を受け入れる土壌を育む。平和と新生国家の演出。そこでは、数十人を虐殺した戦争犯罪人でさえ許されるという、とんでもない代償がバーターされる。いったい、戦争被害者の人権はどうするのか。

戦後60年。形骸化した憲法九条だが、しかし、その前文と九条こそ、現代日本人の精神の骨格となった。諸外国が見た「日本人の姿」も、英米のように武力を振りかざすことのない、中立した、信頼できる経済大国の人々、と映る。

シエラレオネ、東ティモール、アフガニスタンで紛争処理、武装解除を指揮した著者は、この「美しい誤解」こそ、日本の資産であり、外交上の最大の武器であると説く。

焦燥となっているアフガニスタン。出口の見えない対テロ戦争。2003年には考えられもしなかった「タリバンとの和解」が真剣に議論されている。それも和解の是非ではなく、いつ実行に移すか、が議論の中心だという。中立イメージを持つ日本のイニシアチブ、か。なるほど、イラクへの自衛隊派遣より、よほど世のためになりそうだ。

自衛隊の国際貢献は憲法九条で
国連平和維持軍を統括した男の結論
著者:伊勢崎賢治、かもがわ出版・2008年3月発行
2009年8月29日読了

池澤夏樹さんの紡ぎ出す、ことばの力。
生きている実感を切り取ったハース氏の風景写真からは、鼓動が伝わってくる。

一級の美しい文章と写真のコラボレーションは、気持ちを穏やかにさせてくれた。
「蛍の木」と「フラミンゴたち」が良かったな。

きみが住む星
著者:池澤夏樹、エルンスト・ハース、文化出版局・1992年10月発行
2009年8月19日読了

ドイツ、欧州連合諸国だけでなく、アメリカでは200万部のミリオンセラーとなった。2009年には日本でも映画が上映されたな。

「ぼく」が15の年に関係を持った21歳年上の女性、ハンナ。謹厳な父親と4人の兄弟に挟まれ、「甘い」暖かさに飢えた主人公にとって、母親のような彼女は、かけがえのない存在となった。
大人の世界を知った優越感。のめり込む自分に酔う日々が続く。
物語の朗読を求められた主人公は、ベッドイン前の1時間の朗読が日課となった。オデュッセイア、老人と海、エミーリア・ガロッティ、罪と罰……。

突然の失踪。結婚しても彼女が忘れられず、離婚。自分の娘に「家庭の暖かさ」を与えてやれない罪悪感。
突然の彼女との再会は8年後。決して語られなかった「秘密」の暴露。彼女は、ナチス犯罪者の被告席にいたのだった。

隠されていた秘密。ユダヤ人強制収容所の看守。
いずれアウシュビッツに送られる囚人たちの中から、彼女は、体力のなさそうな少女を選び、そこでも「物語を朗読させて」いた……。

1960年代のナチズム裁判の複雑さ。正義と正当性を求める裁判の席で、不可解な言動を重ねる彼女は、他の被告者の罪をも背負い、無期懲役の判決を受けることになる。

煩悶する主人公。彼女の「本当の秘密」を推論の上に探り当てたとき、主人公「ぼく」は、法廷での不可解な言動の理由を、そのあまりにも悲しい理由を理解した。

希望を絶たれたハンナ。その最後の、戦慄の情景は、胸に痛い。

第一次世界大戦後、ナチスの擡頭するまでのワイマール共和国。1920年代後半の「デモクラシーの時代」は、果たして黄金の時代だったのか? 貧困層の生活の労苦が、ハンナの人生を狂わせた。人は強さと「安心」を求めるから、ヒットラーの成功も当然の帰結となる。
その代償が、ハンナをはじめ、多くの無名の一個人にのしかかったのが現実だ。

「歴史を学ぶということは、過去と現在のあいだに橋を架け、両岸に目を配り、双方の問題に関わることなのだ。……僕たちは過去の遺産によって形作られ、それとともに生きなければならないのだから」(171頁)

著者は、1990年に訪問した東ドイツの『灰色の光景』を見て、本作の構想を練ったと言われる。連合軍進駐直後の、廃墟と化したドイツの都市部の光景を思い出させた。それは、EUに一体化することを選択した、戦後ドイツの原風景……。
東京裁判を経験した敗戦国として、他人事とは思えない苦い読後感を残した。ぜひ、数年後に読み返してみたい。

Der Vorleser
朗読者
著者:ベルンハルト・シュリンク、松永美穂(訳)、新潮社・2000年4月発行
2009年8月13日読了

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