男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

旅行・地域

大丸神戸店1階のカフェテラス、"カフェラ"に席を取る。この店は何度もマスコミで取り上げられて気になっていたのだが、初めて入店することができた。
憧れのテラス席は、喫煙席だったんですね。で、全席禁煙の店内席へ。室内の装飾が……なるほど、本場ミラノのスタイルか!
天野こずえ "ARIA"に登場するカフェ・フロリアンを思い出したぞ。(あっちはヴェネツィアだけど。)

お、新春限定メニューとな。ハート型のクリームの上にチョコで描かれた"2009"の文字。カップの下には金色のめでたい敷き紙。そしてカプチーノは美味だ!
(写真を撮れば良かったな。)
ここは世界大会で優勝した女性バリスタ(エスプレッソ職人)のいる店。店員の士気(?)は高く、繁盛している。

テラス席では、ひとりの若い女性がアイボリーのロングコートを羽織ったまま、通路側に向けてカップを手にし……絵になっているなぁ!
なるほど、藤原紀香や三浦カズが来店するわけだ。

カフェラ:21時まで営業中!
http://www.ucc.co.jp/cgi-bin/shop/shop.cgi?id=160

で、今年はじめての買い物として、通勤カバンを新調した。
・JEFF BANKS モデル371503、ネイビー
“Revolution”ではなく“Evolution”
JEFF BANKSが提案するのは決して時代の最先端のファッションでも、トラディッショナルなものを否定する“革新的”なファッションもない。
むしろ、トラディッショナルな要素の中の目に見えない部分(例えばスーツの裏生地にネクタイの裏生地を使ってみたりと英国人ならではの遊び心) 「Sence of Humour( センス オブ ユーモア)」を加味していく、いわばトラッドの進化形である。
シーンはオンビジネス。
ビジネスという社会的制約のあるシーンの中で、無理のない投資でセンスあるおしゃれを楽しめるブランド、これがJEFF BANKSの目指すブランド像である。
http://www.iketei.co.jp/より引用)

これで、黒いコートにベージュ色の夏用カバン肩掛けなんて"ダサスタイル"から解放されるゾ。

夜はいつものメンバーと新年会。新しいメンバー(幹事の嫁さん)も加わり、おめでとう。
……またまた飲み過ぎて、二日酔いだ。

今年は源氏物語が執筆されて1000周年とされており、日本各地で記念行事が開催されている。僕の地元、明石でも、文化博物館でタイトルの展示会が催されていたので、車を飛ばして行ってきた。(2008年5月11日)
(正確には、昼食のレストラン=ロドスの入り口にポスターが展示してあり、今日が最終日と知ったのだ。)

1階はオードブル。石山寺の仏像や、絵画や、書物など。まぁまぁかな
2階がメインディッシュ。巻物や屏風絵、掛け軸等の源氏絵と書物など、多種多様に表現された江戸期~大正期の作品が展示されていた。なかでも、源氏物語を書く着想を得たとされる場面「湖水に映る月」の絵画が多かった。
デザートは物販コーナー。たいしたものはなく、買う人も少なかった。(大赤字だろうなぁ。)

印象に残ったのは「雪月花図」だ。清少納言(雪)と紫式部(月)ともう一人(花/華)を象徴する3枚の掛け軸絵だ。その構図といい、テーマといい、気に入った。

やはり「須磨」「明石」の題名にはひかれるものがある。
え~と。須磨は「光源氏が流された場所」とある。多い構図は、遠く都を遠望する立ち姿の光源氏だ。朝廷の行く末を案じてのことか、女たちのことを思ってのことか……(たぶん後者だ)。

明石は、単なる景観の地とされているようだ。どの絵も見事に何もなく、わずかに漁船と淡路島が描かれているだけだ。
源氏物語、読んでみようかな?

http://www.akashibunpaku.com/
(明石市立文化博物館)

永沢寺のお墓参りとぼたん園見物の帰りに寄ってきた。(2008年5月4日)
1609年に建築されたこのお城、いわゆる天守閣に相当する建築物が無く、"天守台"には櫓のみ、二の丸に御殿と大書院が築造されていたそうだ。廃藩置県のおり、大書院を残して全て破壊され、残る書院も昭和19年の火災で焼失したそうな。
で、再建されたのが平成12年で、以降は観光の目玉「篠山城大書院」となっている。

中へ入る。いきなり拡がる31畳間。大名の館らしく、質素と風格が備わっている。日本人の精神ってやつか。
最奥の「上段之間」は局所が豪華絢爛。次の間と並び、ここで政が行われたことがよくわかる。

"天守台"からの眺めは絶景だ。山ん中だから遠方の眺望は限られるが、眼下の小学校の校舎が素晴らしかった。古い木造建築の良さが印象に残った。

大正ロマン館は、いわゆる観光案内所兼土産物屋なのだが、大正12年に建築された役所関係の建物を使用しているそうな。人力車、当時ものピアノ、レトロなテーブルと椅子など、「浪漫あふれる」喫茶コーナーには合格点を与えたい。

・大書院・上段の間

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・大正ロマン館

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・永沢寺・ぼたん園の八重桜

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http://www.city.sasayama.hyogo.jp/

「超お役所サイト丹波篠山へのいざない」ってタイトルが気に入った!

以前に神戸新聞で記事を読み、ずっっと気になっていた。天気も良いし、たつの市まで愛車を走らせた。(2008年3月16日)

うすくち龍野醤油資料館・本館へ。
ここは当たり! レトロな外観、懐かしさと当時の先進的な活動を偲ばせる展示の数々。
ゆっくりとした時間の流れを存分に楽しめた。

あまり紹介されないが、別館も気に入った。入り口のアーチと煉瓦造りの外観がとても素晴らしい。「図書室」に残る数々の資料も貴重だが、特に印象に残ったのは、いま見ても実に洗練された応接室だ。
受付窓口兼事務室で黙々と事務処理をこなす初老のおじさんの背中、いまも現役で動いているのは大正時代のゼンマイ時計。なんとMade in U.S.A.だ! そしてこのおじさんも印象が良かった。

実はここら一体は観光産業に力が入れられているようで、魅力ある街並みだった。しかも街全体がこじんまりとして、十分に歩ける距離だ。

龍野城を訪れると、そこにあるのは普通の館。その背後にある鶏籠山(けいろうさん)の頂上に、旧天守閣跡があるらしい。一念発起して上ることにした。急勾配にもめげずに延々と20分。終点の二の丸跡に着いた。景色が素晴らしい。よって疲れは無い。
(実はその先に本丸石垣跡があったらしい。地図がないとこうなる。)

醤油資料館とは別の、もう一つのお目当て、明治三四年創業の本屋「伏見屋」をやっと探し出したのだが、すでに閉店の時間らしく、扉が閉ざされていた……。

たつの市立龍野歴史文化資料館では、「描かれた船 室乃津 賀茂神社の文化財」展を観た。江戸長崎出島時代のオランダ商船をはじめ、歴史絵画を楽しめた。(でも、それだけ。悪いけれど、心に"ビビッ"とくる作品は無かった。)

3月23日まで、龍野城下町をあげての「龍野ひなまつリ」が開催されており、店先や長屋の奥に飾られた「由緒正しく」「年季の入った」雛人形が観光客の目を楽しませていた。本当に、町を挙げてのイベントであることが感じられ、地域共同体の良さが表れた成功例だと思う。
うん、龍野城下町は合格点。一日かけて散策するのにもってこいだ。

夕食は加古郡稲美町の、洋食屋ポム・ド・テール(Pommes de Terru)。
前からずっと気になっていて、今日初めて入ったのだが……。
コース料理を頼んだ。オードブルとスープ、魚料理(エビフライまたは海老のマヨネーズ焼き)までは合格点。ビーフシチューは、これってシチューか? ソースの多いステーキじゃないの? と言いたくなった。味は悪くないのだが、少し違和感あり。ところで、パンが来ない。ウェイトレスを呼ぶと「お茶漬けが出ます」って???
本当に出た。なんと「ステーキ茶漬け」(@_@)
ステーキ肉は軟らかくて良いのだが、これって料理として、どうなんだ??
食後のデザートは落第点。シャーベットはカスカスじゃないか!
もう行く気がしないなぁ……。
なお最寄り駅はJR土山駅で、そこから車で20分です(笑)。

・うすくち龍野醤油資料館・本館

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・うすくち龍野醤油資料館・別館
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・龍野城・二の丸跡より南の城下町を見下ろす。

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神戸新聞より。
城下に映える「赤レンガ」 龍野・モダン建築
http://club.kobe-np.co.jp/mint/article/odekake/kindaisanpo20070417.html

http://www.nankinmachi.or.jp/shunsetsu/spring2008/index.html
「旧暦で節句を祝う中国では旧暦のお正月を「春節」として盛大に祝います。この時期の中国は爆竹が鳴り響き、祝い事にはかかせない龍や獅子が舞い踊り、おおいに賑わいます。
南京町でも旧暦の正月に合わせ、1987年(昭和62年)から「春節」をアレンジし「春節祭」として開催が始まりました。その間、昭和天皇崩御の年と阪神淡路大震災の年の2回は中止となりましたが、2008年は22年目、記念すべき20回目の開催となります。1997年(平成9年)には、神戸市の地域無形民俗文化財に指定され」たそうな。

神戸市立博物館の「ヴィクトリア アンド アルバート美術館所蔵 浮世絵名品展」を観た帰りに、ちょうど18時からの獅子舞ショーに間に合い、近くで見ることができた。
この獅子舞、日本のものと違って何色もあるようだ。
中央舞台でショーを披露したのは赤と青の獅子で、各店舗をまわっていたのは白い獅子だった。

イベント終了後、南京町のレストラン「海星」で食事していたら、その白い獅子舞が店内に入って来た。店内は歓喜と沸き、デジカメとケータイのフラッシュが光り続けた。目前で力強く舞う獅子は大きく見えた(触るのは控えておいた)。
獅子舞を踊る(中に入る人)は18歳くらいの男子数名で、獅子を先導するのは中学生くらいの男女ペアだ。女子(将来美女確定)はハキハキした受け答えで、周囲の評価高し!
ん、来年も来よう。
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石見銀山が世界遺産に登録され、「そう言やぁ、兵庫には生野銀山があるなぁ」と思い立ち、播但自動車道を飛ばして行ってきた。(2007年12月1日)

神戸は快晴なのに、福崎~生野あたりは雨だ。(それが、坑道内の雰囲気を良いものにしてくれたのだが。結果オーライ。)

開抗は西暦807年。細々と採掘を続け、14世紀から本格的な事業となり、江戸幕府の「銀山奉行」と「生野代官」所の開設により、最盛期を迎える、か。
明治になるとフランス人技師を招き、最先端技術による坑道の増設を行い、それを引き継いだ三菱が、国内有数の大鉱山に発展させたとある。坑道は地下1Kmまで掘られた? まったくの驚きだ。

900円を払って入場すると、生野代官所の立派な門構えが……。庭園も悪くない。坑道の入り口はシンプルで、その後の「予想以上のワンダーワールド」を発見する楽しみを残してくれる演出かな?(手抜きでないと信じたい。)

観光坑道は意外と長く、のべ1Km、小一時間の小旅が楽しめた。天井が低いのは仕方ないし、天然の施設なのだから、雨水が頭上から落ちてくるのもまた一興だ。
内部では、中世~近代の採掘作業が再現されている。江戸期の貧しい男女と少年労働者(15歳以下)の働く姿、近代削岩機器、発破作業の実物大ジオラマが楽しい。
三菱鉱業(三菱マテリアル)の作業員の作業服は、見覚えのあるものだ。(平成1年9月までの三菱重工の作業服に同じだ!)
ハイライトは奥のエレベータ室と捲揚機だ。これが動けば、もっと良かったのだが。
苦言を呈すれば、あのライブラリーゾーンは「無いほうがマシ」だ。

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鉱山資料館、吹屋資料館は、まぁ良しとしよう。
水力発電機の現物が置いてあったのには興味が沸いた。
「KOBE WORKS MITSUBISHI ZOSEN KAISHA LTD. No.17 JUL. 1918」とある。90年近く前のものか!
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それにしても……。「生野銀山開坑1200年」を記念しているのなら、もう少し派手なイベントがあっても良いのでは? おみやげ屋も閑散としているし、店員も「待ち」の姿勢。これだけの施設を有効活用しないのはもったいないと思う。

http://www.ikuno-ginzan.co.jp/index.html

<飛行船>世界最大「ツェッペリンNT」で遊覧クルーズ事業
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071023-00000074-mai-bus_all

ジャンボジェット機、ボーイング747より大きい飛行船で遊覧飛行が始まるそうです。
世界に3隻しかない大型飛行船! でも乗客定員8名?(ナチスのヒンデンブルグ号は100名だったはず。比較するのは酷か。)

関西ローカルTV局の雄、サンテレビで毎週土曜日に放映される「タマラとめぐる世界のケーキ」と言う番組で、アメリカ合衆国は北東部、ペンシルバニア上空を優雅に飛ぶ気球で、地元特産のケーキを食するのを見た。(たしか、2007年10月13日放映分。)
ジェット旅客機ではなく、のんびりと気球や飛行船にに乗るのもいいなぁ、と思っていたタイミングで、このニュースです。

それにしても、JTB西日本(大阪市)主催なのに、何故東京都心で開始なのか。まぁ、いずれは関西圏でも運行されるだろうから、待つこととしましょう。

で、気になるお値段は……12万6千円より。う~ん。
(3万円くらいにしてほしいなぁ。)

地元の陸上自衛隊・第三師団の本拠地でイベントが開催されることを知り、行ってきた。
(第3師団創立46周年および千僧駐屯地創立56周年記念行事。平成19年5月13日開催)
兵庫県は伊丹市、JR伊丹駅からシャトルバス(阪急伊丹駅経由)に乗り、15分足らずで駐屯地へ。
夏のような暑さなので、まずは缶コーヒーでのどを潤わせることに。隣に立っていた、冬季制服にネクタイ姿の若い隊員さん(案内腕章付き)に話を聞くと、他の駐屯地から応援に駆り出されたとのこと。右胸の黒いネームプレートには「特科、情報中隊」と書かれている。なるほど、姫路からですか。どうもお疲れさまです。
この駐屯地は国道171号線を挟み、二カ所の敷地に分かれているようだ。歩道橋を渡って装備品展示場へ。
午後からゆっくりと入ったので、部隊観閲式と訓練展示は見られなかったが、主要装備を間近で見ることができた。

[装備品展示]
まずは装甲車。イラク派遣でおなじみのヤツだ。
74式戦車には人の山が……。大人気です。
「90式は入れないのか?」と質問する年配の男性に、若い隊員さんは「重いので……」と。妥当な回答かな。50トンを超える90式ではなく、より軽量化されるハズの新型戦車の導入が待たれるところだ。
化学防護車の噴霧ノズルを実際に持たせてもらった。なるほど、完全装備でこれを操作するのは大変だ。
気象観測車(?)なんてのもあった。「初めて見た」と言うと、迷彩服の30後半の隊員さんから「今年導入されたばかりの装備で、あまり知られていない」との回答。なるほど。

車両展示は数が多く、十分に楽しめた。何より印象に残ったのは、展示を囲むように、装甲車とトラックが走るデモンストレーションだ。砂塵を蹴り上げて走る姿は迫力がある。
迫力と言えば戦車だ。排気音=爆音がこれほどスゴイとは、初めて知った。
写真は後日。

[パネル展示]
期待していたのだが……。
一昨年に訪れた青野ヶ原駐屯地では、イラク派遣時の活動や国際支援活動に関する具体的でわかりやすい説明があったから、同様のレベルの展示を期待していた。
今回は、2006年度の主要行事と実弾射撃のビデオ再生のみで、他にこれといったものはなかった。地元住民の理解を深めるまたとないチャンスなのに、これではなぁ。

たとえば、師団長や連隊長の顔写真と、方針や訓示を掲げてはどうだろうか。最高幹部の姿勢がそのまま部隊の姿でもあるし、精強かつ誠実な自衛隊の姿をを印象付けられると思う。
また、「現場の隊員の実力」を知らしめる良いチャンスなのだから、防衛省から支給されるメーカ製造の装備品=自らの道具に対し、どのような工夫を施し、改善を提案・実施してきたのか等の説明展示があれば良いと思う。

勝手なことを書いたが、来年も行くぞ!
なんせ、女性自衛官は美人ばかり!

三菱グループの始祖、岩崎家の本宅として明治29年に建築された重要文化財。出張の空き時間を利用して行ってきました。

上層階級の大邸宅です。設計を請け負った英国人のコンドル氏による洋館の設計図は石造りだったのですが、岩崎氏の強い要望によって木造二階建て+地下室に変更されたらしいです。(そのため、当初計画の三分の二のサイズになった。)

洋館2階には広いベランダがあります。これ、日本初のベランダだそうです。欧州にはベランダはなく、東南アジアの様式を模倣して設計されたとか。

すべての洋室に暖炉があり、すべて異なるデザインでした。凝ってますね。明治29年に建築された後、明治41年にガスが引かれ、暖炉はガスストーブに改造されたそうです。個人の邸宅にガスを引く。これも日本初だそうです。

2階の客室(12畳以上が4室)には大鏡が据え付けられています。ガラスは波打っていたのに、これは現在の鏡と変わらない! これも日本初。当時のガラス工芸技術の粋で、姿見ではなく装飾の一種とされたそうです。シャンデリアみたいなもん?

2階の客室の壁紙は、明治の技法で2003年に復元されました。和紙に錫を塗り、ワニスを塗ると、黄金色に。凹凸の凹部に塗料を塗り、豪華絢爛な壁紙の完成です。すべて手作業になるこの芸術品、日本では参議院、一部の大臣室にしかなく、パンピーが見ることができるのはここだけだそうです。

サラリーマン(サラリーマシン?)には時間がありません。1階はゆっくりと見られませんでした。残念!
小貫さん(ボランティア・ガイド。初老の紳士)、丁寧な解説をどうもありがとう。

それにしても、周囲のマンション群と国の合同庁舎が景観をぶちこわしです! 近くの湯島神社には外国人観光客が訪れていたが、なんて思っただろうか?
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(奥に見えるのは東大病院)

国道175号線と県道17号線に挟まれた加古川の一部で、川の床一面に起伏の大きな岩が隆起し、まるで龍が躍動するような光景(と古人は詠んだ)で、ガイドブック(るるぶ)には"加古川随一の奇観"とあります。
兵庫県・滝野町の貴重な観光資源でもあります。
それにしては(175号線からだと)駐車場のわかりにくいこと!

この辺りは鮎漁の解禁が早く、6月以降、周辺の料理旅館で鮎料理が振る舞われます。賞味した家族曰く「美味」だったとのこと。
光景は一度見たら十分かな、と(失礼!)。それよりも興味を引いたのは、闘龍灘沿いの細い路地です。家族曰く「15年前は舗装していなかった」そうで、周辺の古い町並み(宿場町のよう)と道幅からして、これこそ旧時代の街道そのものではないかと思えるのです。
こういう道をのんびりと歩くの、一度やってみたいですね。

デジカメ写真は愛機、KODAK V570によるもの。

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