ヘリコプターから見下ろすヴィクトリアの滝。
2016年5月4日(水)5時20分起床
■LOOKOUT CAFE
6時30分、ヴィクトリア・フォールズ大橋の南に位置するLOOKOUT CAFEに到着。
ヴィクトリアの滝が舞い上げる数百メートルの水煙。その向こうに朝日が昇る様子を鑑賞する。
8時、ヴィクトリアの滝へ向けて出発。
ジンバブエ・ザンビア間の国境を歩いて越境。
ヴィクトリア・フォールズ大橋を歩き、ザンビア側へ入国する。少し感動した。
■ヴィクトリアの滝をザンビア側から観る
まずは全体模型で説明を受ける。
数万年を経て、滝は現在の位置=上流側へ移動したという。ザンビア側からは滝壺を見ることができる。
まずは、流れに近い場所で滝の迫力を体感する。
次に、滝の東端、川が滝へ変化する穏やかな場所へ。
途中にあるリビングストンの立像。
滝つぼより空中に舞い上がった水煙に虹が映る。
Eastern Cataractイースタン・カタラクトと呼ばれる場所を見る。
Knife Edge Bridgeでは頭から水煙を被った。
ものすごい水量だが、これが「まだ序の口」であることを後になって知る。
ヴィクトリア・フォールズ大橋を望む。
防水カメラAW130でも、水滴が附着しては……。(失敗)
Knife Edge Bridgeを渡り、Rainbow Fallsレインボーフォールズを見る。
一時間足らずでザンビア側の鑑賞は終了。
ふたたびジンバブエへ入国した。
■ヴィクトリアの滝をジンバブエ側から観る
ビューポイントNo.1~16までを順に廻る。
こちらにもリビングストンの立像がある。少し立派。
おお、ジンバブエ側の水量はスゴイ。
雨ではなく、水煙です。
Danger pointは足元がすべって怖い思いもしたが、ここからの眺望は「圧巻」の一言!
なにしろ、ジンバブエ側の流れとザンビア側の滝壺が合流する場所なのだ。
Victoria Falls Bridge ヴィクトリア・フォールズ大橋の美しいこと!
現地語でMosi-oa-Tunya(雷鳴とどろく水煙)とはよく言ったものだ。
上下ともレインコート(ポンチョではなく、台風用のしっかりしたもの)を着込んだのだが、下着までずぶぬれになってしまった……。
大瀑布の興奮が収まらないうちに、ビール付きの昼食。
ナミビア地ビール「Windhoek」だ。
台風並みの水しぶきを全身に浴びて大変だったが、ファンタスティックな体験を楽しめたぞ。良し!
ここで一度ホテルへ戻って着替え、次のアクティビティの準備だ。
■ヘリコプターから大瀑布を見下ろす!
回転翼機=ヘリコプターへの搭乗は、実は生まれて初めて、なので。
滝の上空と西方を旋回飛行する15分のコースだ。
どこまでも続く大地とザンベジ川。
見えてきたヴィクトリアの滝
想像を超えるスケールとダイナミックさに感動!
昼食前に歩いた道……なるほど、ずぶ濡れになるわけだ。
これが数万年にわたって削り取られた地表。過去の滝の跡か。
15分なんてあっと言う間。大満足!
■アフリカの大地に沈む夕陽を鑑賞
Victoria Falls Safari Lodgeヴィクトリア・フォールズ・サファリ・ロッジに到着。
夕食前の「夕陽と動物鑑賞」だが、動物は……ホロホロ鳥しか見えないな……。虫も多い。夕食まで時間が余ったし。
ちょっと期待外れかな。
虫刺され跡を気にしつつ、「滝」の興奮を持続したまま、続きます。
男ひとり旅の美学
2016年4月 南部アフリカ諸国の旅 その5 [男ひとり旅の美学・番外編]
キリンは言った。「サファリは最高だろ?」
2016年5月3日(火)6時15分起床、意外と寒い。10℃くらいか。
就寝前に顔面、首、手足に虫よけスプレー&塗布したおかげで、どこも蚊に咬まれていない。良し。
7時に朝日が昇ると、急激に暑くなってきた。これがアフリカか!
7時50分出発。町から国道1号線へ出る。この町には信号機が存在しない。車も少ないが。
灌木に囲まれ、単調な一本道をBotswanaボツワナへ向かう。すれ違った車は、わずにか1台だ。
ザンベジ川にかかる5本目の橋が建設中だった。2,700kmにたった5本……車両の多くは渡し船で渡河するそうな。
国境近くでバスを降りる。国が異なるので、バスとガイドも交代となる。
9時ちょうどにジンバブエを出国し、徒歩でボツワナ国境に達する。写真撮影禁止だ。
9時30分、無事にボツワナへ入国できた。
この国は資源不足なので、この1年ほどは出入国カードが印刷されていないという。不憫な。
ここでサファリ仕様の4WD車に乗り換え、まずはKasaneカサネの町を目指す。
9時45分、チョベの3キロ手前の町、KasaneカサネにあるChobe Marina Lodge チョベ・マリナ・ロッジで休憩。
10時20分、Chobe National Parkチョベ国立公園に入園。
■Game Drive チョベ国立公園でゲーム・ドライブ! 楽しい!
公園入口には大小動物の骨が展示されている。期待に胸を膨らませ、公園内を車は進む。
右手に見える穏やかな流れはチョベ川。数キロ先でザンベジ川と合流し、その先75キロでヴィクトリアの滝へと姿を変えるのだ。
インパラの小家族
インパラのハーレムには強いオス一頭にメス数十頭。弱肉強食の世界。
禿鷹は何を漁るのやら。
バッファロー。表情が良いね。
象さんの核家族?
象は下の方の木の実を食べつくすと、木を倒して、上の方の木の実を食べるのだとか。
ジラフ(キリン)。アップで。
先に道路を横断して、群れを待つ子供のキリン。健気です。
シマウマの群れ。ずっと尻尾を振っているんだな。
大満足!
ドライバーのガブチャさん。お世話になりました。
12時30分より1時間、Chobe Marina Lodge チョベ・マリナ・ロッジでビュッフェの昼食を摂る。
ボツワナの地ビールは、なんか薄い気がする。
■ボート・サファリ
お次は、BotswanaボツワナとNamibiaナミビアの国境を流れるChobe Riverチョベ川でボート・サファリだ。
全長3mを超える巨大ワニも数匹。
水辺で草を食む象。暢気そうです。
カバの群れ。
それにしても象が多い。なんでもチョベ国立公園に12万頭、ボツワナ全体では25万頭が生息するそうな。
ボツワナの土地は痩せている上、畑作しても象が食べてしまうので、農業は難しいとのこと。
満足と興奮のまま、ボート・サファリは終了。15時30頃に国境へ移動。
16時にジンバブエに再入国。係員2人の流暢な日本語には驚かされたぞ。
■ジンバブエの鉄道とジンバブエ・ドル
土産物屋へ寄ってお買い物休憩となったので、小走りで線路の方へ立ち寄った。
プレトリアやリビングストンまで通じているはずだが、線路は歪んでいるし、ちゃんと動くのだろうか?
お土産に、こんな木彫り物を買ってしまった。
15ドル。高いとわかっていても、先進国の人間の一人として買うのだ。
ジンバブエ国境では何人もの「ジンバブエ・ドル売り」がやってきた。まっとうな商売には見えないが、一人が「Support me!」と叫んでいたのを思い出す。
ホテル従業員や観光ガイド等と異なり、正職を持たない途上国の人物の叫び。
100億ジンバブエ・ドル一枚を2ドルで買った。
本当は100兆ドル紙幣が欲しかったが、ほとんど流通せずに消えたみたいだ。
■ボマ・ディナー
19時よりボマ・レストランで夕食だ。その名も「ザ・ボマ」。ダンスで迎えられ、民族衣装を重ね着て、ムードを盛り上げる。
昼間サファリで見たイボイノシシとワニの肉は、結構おいしかった。
ここの「目玉」である芋虫には挑戦できなかった。弱いなぁ。
フェイス・ペインティング&民族衣装を着用してのドラムたたきはとても楽しかった。
ZAMBEZIビールと赤ワインも美味かった。
ほろ酔い気分で、続きます。
2016年4月 南部アフリカ諸国の旅 その4 [男ひとり旅の美学・番外編]
この日は3時30分起床。
ヨハネスブルグ経由で、ジンバブエはヴィクトリアフォールズへ向かうのだ。
ザンベジ川・サンセットクルーズ
■ジンバブエ行
4時55分にケープタウン空港に到着。こんな時間なのに、なんて人の多いこと!
コンパクトな空港だけど、神戸空港よりも良い感じだ。
6時10分にboarding、小さなエアバスA319-100だ。
6時33分に離陸。隣の黒人は体が大きく、シートからはみ出している。こちらの場所は狭くなるばかり。しかたがないか。
8時35分にヨハネスブルグ空港に到着。乗り換えてヴィクトリアフォールズに向かう。
朝食のチキンサンドのお味は……まぁ、エコノミークラスらしいか。
さようなら、南アフリカ共和国! ダイナミックで良いところでした。
12時45分にVictoria International Airportに着地。
われらがSA40便の雄姿。
ここまでは良かったのだが、VISAが認可されて入国できたのが、なんと14時5分だ。酷いぞ。
すぐにバスで移動開始。
森林は豊かだが、農地に適さない赤土の国……貧しい国だ。
おお、遠くにヴィクトリアの滝の水煙が見えるぞ。
14時35分、ホテルに荷物を置き、小休止。良さげなところだ。
部屋に蚊が一匹いるのはNGだが。後で殺虫剤をまいてもらった。
エアコンはNationalだ!(いつのかな?)
バルコニーからヴィクトリアの滝の水煙が見えるぞ!
ELEPHANT HILLS VICTORIA FALLS
http://elephanthillsresort.com/
このホテルは、1980年のジンバブエ独立時から2016年の現在までも首相・大統領職を独占してきたムガベ氏の肝いりで再建された。同大統領専用の寝室もあるらしい。
生水を口にしてはいけない、ということで、歯磨きやうがいですら、ミネラルウォーターを使用するのだ。
上海でもそうだったが、あちらは水が濁っていたからな。(浴槽に湯をためると、土色になった。)
今回はもったいない気がする。
15時48分、ザンベジ川に向けて出発
■Sunset of Zambezi River ザンベジ川サンセット・クルーズ 心地好い!
クルーズ船乗り場では民族舞踊の歓迎が。1ドルを寄進。
Zambezi River ザンベジ川……全長2,700メートル、アフリカ4番目の大河。クルーズ船は緩やかに出発。
ワニ、野鳥、象。特にカバの戯れる姿は楽しかった。
全身に夕凪を浴びつつ、川向こうに沈む夕陽を鑑賞し、ジンバブエの地ビール「ZAMBEZI」を味わう。
ん、優雅なひと時。
ホテルに戻る。部屋にカーテンはない。そりゃそうだ、窓の向こうは森林なのだから。
シャワーの湯量も合格点。
部屋にはカメムシが多い……慣れるしかないか。。。。続きます。
2016年4月 南部アフリカ諸国の旅 その3 [男ひとり旅の美学・番外編]
喜望峰を望む!
2016年5月1日(日)6時25分起床
今日はケープ半島を南下し、喜望峰へ向かうのだ。8時に出発。
■Duiker Is. ドイカー島は野生のオットセイの楽園
・海辺の高級住宅街、Clifton Beach フリクトン・ビーチ。世界中のセレブが買い求めるので、2LDKで一億円か。。。
・この国では窃盗くらいでは警察は動かない。警備会社との契約は当たり前。なるほど、どの家にも壁に契約会社のステッカーが貼ってあるし、「高圧電流」と書いた鉄条網まである。
・Camps Bay キャンプス・ベイ
Hout Bay ハウト・ベイは波高し。冬季の波高は7mにも達し、サーフィンのプロが良く来るらしい。
8時47分、朝日の照り付ける中、大型ボートでオットセイの楽園、Duiker Is.ドイカー島へ向かう。
(Seal Is. シール・アイランドとも呼ばれるらしい。)
このボート便の70%の乗客が日本人だ。
9時10分、ドイカー島というか、岩礁に群棲する野生のオットセイを見る。
さすがにパフォーマンスはしてくれなかったな。
海の色がきれいだ。
9時30分に港へ戻る。お土産店で家族への土産を購入した。
■Chapman's Peak Drive チャップマンズ・ピーク・ドライブ
ここは自動車専用の有料道路。全長10km。料金所は一般的なつくりだな。
対岸のハウト・ベイが良く見える。落石が多いとのことで、道路構造にもひと工夫。
■Boulders Penguin Colony ボルダーズ・ビーチ
10時50分に到着。
2,000羽ものペンギン様が生息するこの一帯は、人間の立ち入りは制限されている。
あまり期待していなかったのだが、なかなかどうして!
いやぁ、かわいいもんだ!
■Simon's Town サイモンズ・タウン
1687年、オランダ総督サイモン氏が作った港。
昼食のロブスターと白ワインが美味かった。しかし、この地でライスは「野菜」扱いなんだな。
ここは南アフリカ海軍の軍港でもある。いかにも英国製といった感じのフリゲート艦が停泊していた。
■Cape of Good Hope喜望峰!
ついに来た! やった!
何も言うことはない。
■Cape Point ケープ・ポイント
う~ん、人が多いな……。日本に向けてポストカードを投函した。
夕食はイタリアン。ビールもイタリア産だった。ガックシ。
南アフリカ産ビールをまだ飲んでいないのに……。
そして、わたしたちの旅は続くのです。
2016年4月 南部アフリカ諸国の旅 その2 [男ひとり旅の美学・番外編]
・ロベン島へ向かう高速船の船尾よりテーブルマウンテンを望む。
2016年4月30日(土)6時30分起床、よく眠れた。外は晴れ、ホテルの朝食は美味、万事良し。
8時30分にウォーターフロントの船乗り場に並ぶ。
■Robben Is. ロベン島、すなわちアパルトヘイトの象徴的存在
9時35分、アフリカーンスで「あざらし」を意味するロベン島に到着。バスに乗り換える。
僕らは快適な双胴高速船に乗船したが、先行した船「DIASディアス号」は、以前は囚人運搬船だったとのこと。
ここのガイドは皆、政治犯として収監されていた人ばかりだそうな。話に耳を傾けよう。
・このロベン島を橋頭保として、ポルトガル人による南アフリカへの侵略が始まった。後にオランダ東インド会社の支配するところとなり、強制徴用されたマレー人、インドネシア人のうち、反抗的な者が政治犯として収監されたのがロベン島の刑務所島としての始まり。絶命者も多く、ムスリムのための墓(丸いブルーの屋根を持つ)も整備された。
・島の自然は手つかずであり、巨大な蜘蛛が群棲しているとのこと。イヤだなぁ。
ここは政治犯の刑務所、ロバート氏専用の刑務所、通常犯の刑務所の3種類を擁していた。
・政治犯は実に1,800人。最少年齢は15歳だったという。
・ANCを率いた南アフリカの英雄、ネルソン・マンデラ氏が18年間も一日8時間労働を強いられ、目と肺を患った石英の採掘場にも案内された。写真にある、トイレとして掘られた洞窟「ロベン島の中の大学」で、若者は勉強を教えられていたそうだ。
・マンデラ氏は最初の15年間、一切の面会を許されなかったそうな。何の象徴かは聞きそびれたが、この石の積み重ねも、マンデラ氏が最初に始めたらしい。
・「人に危害を加えてはならない」とするANCの運動に反対し、暴動を主導した大学教授がロバート氏だ。1年間すべての人類から隔離された生活を強いられたという。
続いて一般獄舎の中を案内される。
自身、1983年から8年も投獄されていたというマックウェア氏がここのガイドだ。片足を電気式のチェーンで拘束され、この刑務所内と街の建物の建築に従事させられたという。
・朝食は薄いパンのみ。食事すらアジア人と黒人とで差別があり、ハンガーストライキが頻繁に起きたという。
・シャワーは海水に近く、キッチンの水質もひどい。
・敷地内では英語かアフリカーンスしか話してはならず、民族語を話すと罰せられた。
・囚人は名前を奪われ、番号で呼ばれる。マンデラ氏は「446号」。
・南アフリカの国技はサッカー。隣接する広場で囚人はサッカーを許されたが、マンデラ氏だけはダメだった。
・白人も一人収監されたが、1か月で発狂したらしい。
・リノリウムの床に敷かれた粗末な織物。これが囚人に許された寝具のすべてだという。
(1977年に赤十字の介入により、簡素なベッドが導入された。)
「なぜ、こんな差別が強いられたのか?」 マックウェア氏は僕らに問い、そして強く言い放った。
「law 法だ」
南アフリカの人口5,000万人のうち80%が黒人、10%がカラード、8%が白人。だから支配者である白人にとって差別法が必要不可欠であった。
1994年にやっと選挙権が与えられた。もちろん白人は恐怖したが、英国教会のデスモンド・ツツ大司教(黒人)が、黒人政権発足後の白人への復讐の危機を回避した。すなわち、アパルトヘイト時代の行為を懺悔することで許されたという。
一般獄舎の次は独房へ案内される。
ネルソン・マンデラ氏が18年も収監されていた「独房4号」。
Longwalk for Freedomの手記はここで書かれ、工事に携わる囚人によって外部へ持ち出された。
ロベン島。荒海の向こうにテーブルマウンテンがきれいに見える。数十年も収監され、元政治犯は何を想うのか。
第二次世界大戦末期の対艦砲も残されていた。
12時に島を出る。帰りはDIAS号に乗船。船酔いがひどく、船室にはいられない。
12時45分にケープの港=現世へ戻る。
南アフリカ料理の昼食を摂ることのできるありがたさよ。
■Groot Constantia グルート・コンスタンシア
15時10分、南アフリカ最古のワイナリーに到着。
過去、宗教的迫害を受けて南アフリカに逃れてきたフランス人がこの地の滋養に着目し、ワイン生産を始めたという。
広大なぶどう畑を見て、5種類のワインをテイスティング。う~ん、違いが分かったような、わからないような……。
これで銘柄を当てる人はスゴイです。
■Table Mountain テーブル・マウンテン
おお、午後からロープウェーが動き始めたそうで、テーブル・マウンテンに登れる次第となった。
これを楽しみにしていたのだ。
ロープウェー乗り場までのドライブも楽し。
ケープの街を見下ろす岩盤の積層は実に海抜1,087メートル。
ロープウェー乗り場は長蛇の列。待つこと60分……。ついに乗り場へ。
ロープウェーを見上げると、こんな感じ。
ケーブルを捲く機械。こういうのが好きだ。
ロープウェーの中は広く、床全体が回転するんだな。
絶景! 大西洋と街と山!
「テーブル」の名の通り、頂上は起伏が少なく、風化している。そして雲海の中を歩く感じはとてもいいぞ!
地平線に陽が沈みゆく中、ライオンズ・ヘッドとロベン島が見える。
18時40分に日の入りの光景を愉しみ、次はシグナル・ヒルで夜景を見る。
夕食はウォーターフロントのシーフードレストラン。南アフリカ産の白ワインが美味い!
ほろ酔い気分で、続きます。
2016年4月 南部アフリカ諸国の旅 その1 [男ひとり旅の美学・番外編]
喜望峰とヴィクトリアの滝をこの目で見たい!
だけど彼の地はアクセスと治安に一抹の不安あり。
というわけで、今回は人生初のツアー参加となりました。
勝手に決めた旅のテーマは次の三つ。
■鈴木正四『セシル・ロ-ズと南アフリカ』を読み終えたばかり。彼の活躍した地をみてみたい。
■アフリカ南部の大自然を、ケープ半島の景観とリビングストンの「発見した」滝を含めて愉しむ。サファリも初めてだし。
■イギリス帝国主義とボーア人の対立と融合、その一端を垣間みる。
圧巻! ヘリコプターから見下ろすヴィクトリア大瀑布
【参考データ】
往路便
2016年4月28日 関西空港18時00分発CX507便、香港行き
2016年4月28日 香港国際空港23時55分発SA287便、ヨハネスブルグ行き
2016年4月29日 O.R.Tambo空港10時05分発SA323便、ケープタウン行き
移動便
2016年5月2日 ケープタウン空港6時20分発SA308便、ヨハネスブルグ行き
2016年5月2日 O.R.Tambo空港10時50分発SA40便、ヴィクトリアフォールズ行き
復路便
2016年5月5日 ヴィクトリアフォールズ国際空港13時10分発SA41便、ヨハネスブルグ行き
2016年5月5日 O.R.Tambo空港17時20分発SA286便、香港行き
2016年5月6日 香港国際空港16時25分発CX502便、関西空港行き
ケープタウン宿泊先:RADISSON BLU LE VENDOME(3泊)
ヴィクトリアフォールズ宿泊先:ELEPHANT HILLS VICTORIA FALLS(3泊)
写真機は二つ持参した。
・Coolpix P7800(メインカメラ)
・Coolpix AW130(防水カメラ)
■19時間のフライトで、南部アフリカへGo!
2016年4月28日(木)
正午に家を出る。雨が上がって良かった。三ノ宮発・関西国際空港行きのバスは空いている。車内で地球の歩き方「南アフリカ」と旅のしおりを読む。ワクワクしてきたぞ。
両替は2,790南アフリカランド(30,020円)と440USドル(49,940円)だ。昨年7月(1ドル133円)に比べて円高のメリットを享受できたことになる。
日焼け止めクリーム、ウェットティッシュ、のど飴などを買い込む。
16時に旅行会社のカウンターへ。香港行きboarding passとEチケットを渡される。
往路のキャセイパシフィックがビジネスクラスだったのが嬉しい。
荷物を預け、手荷物検査もパスし、16時30分に出国完了。
連絡鉄道を中央駅で降車してラウンジへ。ワンワールドのラウンジへ入るのは初めてだが、豪勢ではないな。カプチーノ、クッキー等の菓子とミニサンドイッチを馳走になる。
17時20分、4番ゲートはラウンジの近くだった。
17時35分に搭乗開始。16Dは窓側だ。やった。
眼鏡ケースを忘れた! 座席にあったアメニティバッグを眼鏡ケースの代わりにした。
機内誌は……英語と中国語だ。頭上のケース行き。安全カードも英中のみ。これは日本語表記とするべきだろう。
そしてこの会社もスリッパは用意されないんだな。持参して正解だった。
ほぼ満席の機体は、18時ちょうどにタキシング開始、13分後にtake off。18時45分にシャンパンが出た。
機内エンターテインメント……なんと、日本映画は1本のみだ。その「母と暮らせば」を鑑賞。
1948年の長崎が舞台。吉永小百合と二宮某の演技がスゴイ。
「悲しいことはいくらでもあるけど、なるべく笑うようにしとる」
「私ね、どんなことがっても泣いてはいけんて」これが小2の民子のセリフだ。泣けた。
「町子は僕たちの代わりにう~んと幸せにならねばいかん」
ラスト近く、黒木嬢演ずる町子の「ごめんなさい」が、また辛い。
「さ、僕にしっかりつかまって」 そして母は、「たった一人で……」
眼鏡が涙で曇ったが、とても良かったぞ。坂本教授の音楽も良し。
生きねば、そして幸せにならねば。
機内アナウンス中は自動的にポーズとなる仕様が良い。(KLMやAFはアナウンス中も物語は進行するので、いちいち巻き戻さないといけない。)
夕食はカレイにした。美味。チーズも○。ワインは白も赤も○。
キャセイのシートはフルフラットにならないが合格水準だ。そも、4時間のフライトにベッドは不要か。
20時58分(21時58分)ランディング。今頃になってワインがまわってきたぞ。
21時10分香港空港に到着。外気温25℃。
お~い。transfer gate W1が果てしなく遠い。
21時25分、Johannesburg経由Cape Town行きのboarding passを手にした。
搭乗ゲート確認の後、21時50分にタイ航空のラウンジへ。ここはゆっくりできた。関西空港のみみっちいラウンジとの差異は歴然としている。
23時、33番ゲート着。広い空港も慣れればなんてことはない。
旅行会社の添乗員さん(ツアーディレクターと呼ぶらしい)と合流。ツアーのレシーバと、南アフリカ航空のバッグを渡される。正直、荷物になって邪魔だったが、後にこれが大いに活躍するのだ。
初めての南アフリカ航空機、SA0287便はエアバスA340だ。
GWだからか、香港発ヨハネスブルグ行きなのに、やけに日本人が多い。……旅情が削がれるというもの。
隣席には品性の高そうな日本人の紳士。勝手に医師だと思い込んでいたが「農家」だという。ケープタウン到着後に調べさせてもらったら、ナミビアでJICA農業プロジェクトを指導されている高名な大学教授と判明した。大変失礼いたしました。
日付の変わった4月29日0時10分、夜の香港空港を離陸。ヨハネスブルグまで13時間、ほとんど真夜中のフライトが始まった。
座席がガタついている。塗装もところどころ剥げ落ちている。使い古した機体だな。
離陸から30分後に夕食が供される。スパークリングワインと前菜は美味。
メインのビーフに赤ワインでささやかな幸せのひと時。デザートはチョコとアイス。キャセイよりも豪華かな。
で、コーヒーを飲んでしまい、この後、ずっと不眠に苦しむこととなる。アホか……。
シートをベッドに変形させる。ここはブランケットだけでなく、シーツも出るんだな。フルフラットとはいっても凸凹があるので、完全なベッドとはいえない。
機内は完全な夜モード。僕はどうも機内では眠れないタチだ。ひたすらまどろみ、朝を待つ。
持参したSONYウォークマンZX100で『たまゆら~卒業写真~』を聴く。うん、良い曲ばかりだ。
11時30分、やっと朝食が出た。コーンフレーク・ヨーグルトとスクランブル・エッグか。まぁ悪くない。
窓の外は、モザンビーク海峡か。
12時30分頃、南アフリカの上空に達した。
初めて目にするアフリカの大地は、朝日に彩られて、単調だが美しく見える。
日本との時差7時間だから、現地時間は2016年4月29日(金)朝7時だ。
プレトリア上空に達したはずなのに、眼下は丘陵と田畑ばかり。
降下開始。
19世紀後半に発見され、南アフリカを農業国から鉱業国に一変させた金鉱はどのあたりだろう。よくわからない。細かい溝が多数あるから、あれかな?
円や半円の農地が多数点在する。これは?(スプリンクラーの散水跡だと教えてもらった。)
農地は小さな区画が多い。分割の仕方も整然としていない。農地分割の混乱が手に取るようにわかる。
ヨハネスブルグに近づくと急に家屋が増えた。いや、密集地域。ばらばらの農地の一角に小規模住宅がひしめき、いかにも人工的な街を形成している。
大規模農場、鉱山らしき場所も見えた。
隣の紳士(大学教授)によると、ナミビアは赤い沙漠らしい。行ってみたいな。
7時25分に着地。40分にツアー仲間と合流した。僕と添乗員含めて16名の一行となる。
ヨハネスブルグの地、初めてのアフリカ大陸だ。
入国審査はひどい行列。効率無視のアフリカ的な何か、か。
8時30分入国完了。次は国内線への乗り換えだ。
バス経由のboardingにより10時10分にケープタウン行きSA323機に乗り込む。エアバスA340-600だ。エコノミー8列シートは満席。2時間の我慢だ。
10時50分に昼食のマフィンとコーヒーが出る。いまごろ眠くなってきた。
12時5分に降下開始、機内の揺れが激しく、正直怖かったぞ。
12時25分、ケープタウンに到着した。スーツケースも無事に回収。天気は曇りか。
13時5分にツアーの大型バスに乗り込む。これは良い。
おお、車は右ハンドル、左側通行なんだな。これは同じく旧英国植民地だったジンバブエ、ザンビア、ボツワナも同じだと後で知る。
現地ガイド(日本人)によると、アフリカ大陸の鉄道、舗装道路の70%が南アフリカに集中しているとのこと。
で……テーブルマウンテンは風が強く、頂上への唯一の交通機関であるロープウェーは今日は運行停止とのこと。代わりにケープ城へ案内されることとなった。
仕方のないこととはいえ、不機嫌にもなる。
■THE CASTEL OF GOOD HOPE / CASTEL DE GOEDE HOOP ケープ城
南アフリカ最初の訪問先となる。
オランダ東インド会社の総督の居城として1666年に建築された要塞。その形は五稜郭に似ており、現在も南アフリカ軍の駐屯地として使われている。
牢屋、拷問部屋なども再現されていた。
それは良いのだが、訪問時は改装中のため、ほとんど中を見ることができなかった……。
広大なので写真に収められない。よって全景をパンフから拝借。
副総督の館(SECUNDE'S HOUSE)は公開されていた。撮影禁止か。
家具調度から17世紀の生活空間に思いをはせる。ベッドがやけに小さいが、当時は膝を曲げて寝ていたんだそうな。
その他は行く先々が工事中で、1時間ほどで見学終了。
車中からケープタウン駅を望む。
■Kirstenbosch National Botanical Gardens カーステンボッシュ植物園
ケープ城から車で20分、テーブルマウンテンの背面にある広大な植物園だ。2004年に世界遺産登録。
・proteaプロテアはここにしかない花。
・ゼラニウムの90%が南アフリカ産。
テーブルマウンテンの麓まで手つかずの自然が残されている。これらすべてがセシル・ローズの私有物だったというのだから驚きだ。(1902年の死後、南アフリカ政府に譲渡された。)
マンデラ訪問時の写真も。
正直、ここには期待していなかったのだが、当たりだった。
■Signal Hill シグナル・ヒル
建築物と植物の次は眺望、ということなのか、テーブル・マウンテンの代わりにシグナル・ヒルに上ることとなった。
ケープタウンの街を見下ろしつつ、丘をどんどん登って展望台へ。
おお、テーブル・マウンテンとライオンズ・ヘッドが真正面に見える。すばらしい眺望だ。
17時まで滞在。大西洋とロベン島を見渡させて満足だ。
■Malay Quarter マレー人居住区
オランダ人に強制的に連れてこられたマレー人の子孫、イスラム教徒の居住区だそうで、家屋が思い思いのパステル色に塗りたくられている。近年では芸術家も移り住むようになったとか。
ただ、自動車は15年以上前の中古車ばかりで、そもそも駐車場がないことからも、ここは富裕層の居住地ではないとわかる。
中心部を離れると、治安がすごく悪そう。変なのがいっぱいたむろしていた。
ヘイ、と声をかけられても無視、無視だ。
17時45分にホテルに到着。
RADISSON BLU LE VENDOME
https://www.radissonblu.com/en/hotel-levendome-capetown
ケープタウンの中心部から離れたシー・ポイントにある。
部屋はシンプルでまぁまぁだが、レストランの給仕は最低レベル。しっかりしてくれよ!
疲れましたが、旅は始まったばかり。
続きます。
2015年7月スイス絶景の旅 その6 [男ひとり旅の美学]
(Bern市街にて)
2015年7月23日(木) Bernベルン、良いとこでした!
■チューリヒからベルンへは、日帰り旅行が可能です。
8時20分起床。帰国便をチェックインし、ベーグルサンド2個を頬張る。
ゆっくりしすぎた。軽く走ってチューリヒ中央駅へ。
10時32分Zurich発、11時28分Bern行きICに乗車。
1号車が4両、2号車が4両の編成か。
キオスクで買った水がぬるい。
1等車へ。昨日は北向きの車窓だったので、今日は南側にしよう。
車中で朝食を摂る乗客が多い。
車内販売ワゴンが来た。コーヒーを注文(4.4CHF)。新幹線と違って、インスタントか。
車窓を愉しむ。ずっと平地なんだな。
11時30分頃、スイス連邦の首都、Bernの中央駅に到着。Zurichよりも巨大な駅だ。
天気はなんとか晴れてくれた。メインストリートを東へ行く。
広い一本道だが、エリアによってシュピータル通り、マルクト通り、クラム通り、ゲレヒティクカイト通りと名前が変わるそうで、ここに主要な観光資源が集中している。
牢獄塔、議事堂を抜けて時計塔へ。ここは気に入った。
■Munster 大聖堂
スイスで最も高い尖塔を有するらしい。ファサードが気に入った。
5CHFを払って尖塔の長い階段を登ると、素晴らしい眺望が待っていた。
アーレ川にかかるキルヒェンフェルト橋
時計塔が覗いている
よく歩いて小腹がすいたので、スイス料理レストランKroneで昼食です。
で、英語メニューを置いていない? 御冗談を。
結局、ドイツ語のメニューと片言英語で注文することとなった。
テラス席が心地良い。
メインの肉料理は、ポークでチーズとビーフを包んで焼いたもの。実に美味だった。
白ワイン、グリーンスープ、ガスウォーター、コーヒーで43CHF。
ゲレヒティクカイト通りを行き着くと、さびしくなる。
大通りの東の端はNydeggbruckeニーデック橋。ここから眺めるアーレ川と大聖堂が素晴らしい!
■ベルン歴史博物館
大通りを時計塔で折れ、キルヒェンフェルト橋の突き当りは博物館地区だ。
時間がないので、Historisches Museumu Bern ベルン歴史博物館に入場した。
1時間余りの滞在だったが、この地方の歴史を垣間みることができ、楽しかった。
博物館から大通り方面を望むと、こんな感じ。
■街のいたるところに噴水と、フィギュアが設置されている。これらを見るだけでも楽しいや。
■Zurichへ戻る
再び大通りをうろうろ。
駅構内で雑誌を購入。9.8CHF
ケーキ店で休憩。いちごヨーグルトケーキとコーヒーで10CHF。
Bern、実に良いところだった。
19時2分、無事にチューリヒ行きIRに乗り込み、21時15分にホテルへ戻ることができた。
中央駅で買ったホットドッグ(6.8CHF)と、COOPで買ったチーズと白ワインを夕食に試す。
だめだ、チーズはしつこくて、とても口に合わないや。半分以上残してしまった。
■帰国です。
2015年7月24日(金)6時50分起床。
8時37分のIRでFlughafen空港へ向かう。6.6CHF。
意外なことに、空港行きIRの本数が少ない。
その意味でも、個人旅行者にとって駅前ホテルは重宝だ。
駅で調達したクロワッサンと紅茶が最後の朝食となる。7CHF。
8時50分、Flughafen Zurichチューリヒ空港に到着。
行列を横目にスマートに搭乗手続き完了。SKY PRIORITYはやはり良い。
だが、搭乗ゲートはA65で、ラウンジははるか遠方。これはいただけないな。
10時20分、boarding。満席だ。コーヒーとクッキーを馳走になる。
11時50分にシャルルドゴール空港に到着。
実はうたた寝し、ゴルナーグラートからツェルマットへ降りる感覚を夢みていた。結構なもんだ。
出国審査は長い列で、あちこちからブーイングが出ていた。スマートじゃないな。
出国できたのは12時20分。免税店で赤ワインを購入。28EUROもした。
おっ、今回のAF292はわずか10分遅れの搭乗か。感心、感心。
14時10分に離陸。長い空の旅だ。
5月に続いてのビジネスクラスは快適だが、昼食の鴨肉は少し固かった。
サービス低下は感心できないな。
朝食はスクランブルエッグ。これはまぁまぁ。
8時20分に関西空港に戻ることができた。
初めてのスイスは、満足度の高い旅行先でした。
次はどこに行こうかな?
最後まで拙文にお付き合いくださり、Danke schon !
< Ende >
2015年7月スイス絶景の旅 その5 [男ひとり旅の美学]
Zurich リンデンホフの丘よりリマト川の対岸を望む
2015年7月22日(水)午後 Zurichチューリヒを散策
■Zurichチューリヒ 楽しくない、ただ大きいだけの街
14時58分、Zurich中央駅に到着。駅なかのインフォメーションセンターで地図をもらう。
広大な駅だな。
15時30分、2泊するホテルCentral Plazaにチェックイン。
River view 川の見える部屋を予約してある。
おや、410号室にはバスタブがないぞ。で、418号室に替えてもらった。何か、メッセージカードが……別人宛だ。フロントに照会するも「よくわからない」とのこと。後で問題になっても知らないからな。
で「リマト川の見える素晴らしい眺望の部屋」を予約したのだが、綺麗じゃない川の端が少し見えるだけ。なんなんだ?
(5月に宿泊したLyonのホテル。あそこからの景色は良かったなぁ。)
遅くなった。16時30分より市街地観光に出発。
チューリヒ中央駅は趣きがあってよい。
中央駅前からBahnhofstrasseバーンホフ通りを南へ歩く。
■Lindenhofリンデンホフの丘
「菩提樹が茂り、心地よい風が吹くこの丘から、まず町全体の眺めを楽しもう」(地球の歩き方)とあるが、期待していたのと違うなぁ。
浮浪者もけっこういるし。
丘を降り、細い路地を行く。ここはなかなか風情がある。
St.Peterskirche 聖ペーター教会。857年には建築されていたそうで、巨大な時計塔が印象的だ。
バーンホフ通りを横にそれると、良い感じ。
雨が降ってきたぞ。あれがFraumunster聖母聖堂らしい。
困った。18時頃より烈しい雷雨となった。
Grossmunster大聖堂の下で雨宿り。聖ペーター教会の時計塔が良く目立つ。
観光客相手の店がひしめくミュンスター通りを北上し、中央駅へ。
明日の朝食(ベーグルサンドイッチ10CHF)を買って、ホテルへ戻る。
夕食はホテル地階のグリルレストランで。有名店らしく、満席に近い。
スイスワイン、ビーフグリル、サラダとデザート・コーヒーで60CHF。
ホテルのWiFiは、なんとセキュリティなしだ。使えないなぁ。
う~ん。次のBernに期待しよう。
続きます。
2015年7月スイス絶景の旅 その4 [男ひとり旅の美学]
(ツェルマットのメインストリート、バーンホフ通りからマッターホルンと月を望む)
2015年7月22日(水) ささやかな間違いは、その身をもって報いる羽目に陥るのだ……
6時10分起床、晴。ツェルマット最終日だ。離れたくないなぁ。
今朝も朝食抜きでゴルナーグラート鉄道始発駅へ急ぐ。
昨日買った切符の日付が「7月30日まで」だったので、今日もvalidかと尋ねると、もちろんinvalidだった。そうですよねぇ。(昨日は発券機の日付設定を間違えていたらしい。)
往復43CHFを購入。
今朝の車両は最新式らしく、とても内部が広い。
よし、進行方向右側の座席を確保できたぞ。
……カメラを充電中のまま、ホテルの部屋に忘れてきた。どうしようもないアホだ。スマホがなければどうなっていたことか……。
水3.5CHF。ああ、ホテルの部屋のチョコレートも忘れてきた。
今回はGornergratゴルナーグラート駅ではなく、一つ手前のRotenbodenロッテンボーデン駅で降車し、ゴルナーグラートまで歩くことにした。
軽い散歩と眺望を愉しみ、Zermattツェルマット観光を締めくくるのだ。
7時に登山鉄道の始発便は動き始めた。
標高差1500メートル、アルプス山脈をよじ登るように走る。車窓も格別だ。
7時24分、途中下車。さて、ゴルナーグラート駅までの1時間弱の散歩を楽しもう……って、あれ?
■降りる駅をまちがえた!
ああ、ここは一つ手前のRiffelbergリッフェルベルグ駅じゃないか!
次の便まで1時間も待つのか? Gornergratまで1h40minとある。ならば歩いて景色を楽しもう。
甘かった……山、上りがキツイんですけど!
……8時32分、リーフェルゼー湖に到着した。
逆さ富士ならぬ「逆さマッターホルン」良いぞ。
……9時30分、やっとゴルナーグラート駅が見えてきた。もうヘロヘロだ……
これがマッターホルンの見納めになる。
9時50分、名残惜しいが、ツェルマット行きの鉄道に駆け込み乗車。(「おやめください」のアナウンスは無し。)
車中で、展望台で買った水とツナサンド(11.5CHF)をモグモグ。生き返った。
10時39分、ツェルマットに到着。11時10分にチェックアウト。
そのまま近傍のスーパーマーケット「COOP」に入る。同じようなスーツケースを抱えた客が多いな。
ワイン、チーズ、パンを買い込み(21CHF)、国鉄駅へ。
■ベルナーオーバーラントを抜けて
スイス・パスは、切符を買う手間と時間と「長蛇の列に並ぶストレス」から解放してくれる。
1等車は良く空いている。往路と違って新型車両らしく、窓も大きくて快適だ。
11時37分、Vispフィスプ行き鈍行列車、出発
チェックアウトの準備中、エールフランスよりCクラスへのアップグレードのオファーがあった。もちろん受諾。
12時57分、無事にZurich行きIRに乗車。
2時間の楽しい旅が始まった。
車内販売があるのは良いが……トンネルが多くて、景色を楽しめないぞ。
最後の長いトンネルを抜けると、右手に巨大な湖が見えた。これがThuner Seeトゥーン湖か。
Spiezシュピーツでは、Interlakenインターラーケンへの乗り換え客が一斉に下車した。
Bernでは進行方向が変わった。乗客も一気に増えた。
これがAareアーレ川だと後で知る。
鉄道旅行の途中ですが、次へと続きます。
2015年7月スイス絶景の旅 その3 [男ひとり旅の美学]
マッターホルン一望 ♪
2015年7月21日(火) アルプス一万尺、万歳
6時に起床してトマトジュースを飲み干す。朝食などどうでも良い。30分後にはゴルナーグラート鉄道の始発駅に到着。待ち人多し。
45分にカウンターが開き、チケットを求める長い待ち行列ができた。
ゴルナーグラート行きの往復チケット代金は43CHF。スイスパスで半額でもこの高額さだ。
計画通り、7時の始発便に何とか乗車できた。
左の髪の毛が立ったままだけど、いいや。
日本人と中国人が多い。進行方向右側の席はいっぱい。帰りはそこへ座ろう。
なぜ多くの人が、こんなに朝早くから地方のローカル線にすぎないGornergratbahnゴルナーグラート登山鉄道に乗り込むのか。
その答えは、7時30分に到着した、雪と山と空しかない終着駅にある。
■ 天国は、ここですか!!
高く蒼く雲ひとつなき空の下、Matterhornマッターホルンは力強く、優雅にその姿を見せつける。
標高4478メートル。人の存在などスルーするかのような壮大なスケール感が本当にたまらない。
さて、SONY WALKMANアプリで「響け! ユーフォニアム」のサントラ「おもいでミュージック」Disk2を聴く。
いやいや、『三日月の舞』(松田彬人)は、このアルプスの光景にピッタリだ。
標高3089メートル。ここGornergratゴルナーグラート展望台こそ、今回の旅のハイライトだ。
Monte Rosa モンテ・ローザ(標高4634メートル)の下には、多くの氷河がその存在を誇示している。
ここには太陽中性子検出装置なるものもあるんだな。
ホテルの部屋に用意されていたスイスチョコを平らげる。
ああ、9時になると複数の団体客がわいわいとやってきて、展望台は人混みとなった。
美術館もそうだが、展望台に来るのは始発に限る。
10時10分、1896年開業の山岳ホテル「3100クルムホテル・ゴルナーグラート」のカフェに入る。
カプチーノとガスウォーターで9.6CHF。
10時30分、マッターホルンに雲がかかってきたぞ。早く来て正解だった。
■ハイキングは楽し
地球の歩き方2014~15版のp135に読者投稿「『これぞスイス』という光景」が掲載され、リッフェルアルプ~スネガの歩き方と、その魅力が紹介されている。今回はこのコースを歩かせてもらった。「中央区 こまき '11」さん、ありがとう!
よし、ゴルナーグラート鉄道を下り、Riffelalpリッフェルアルプで降車し、Sunneggaスネガへ歩くぞ。その後、ケーブルカーでツェルマットへ戻るのだ。
朝食抜きか……。チョコのありがたさよ。
登山鉄道は斜面を下る
11時30分にリッフェルアルプ駅に到着。
ハイキング開始。
林道は空気がとても澄んでいる。気分がいいぞ。
林、山、岩の変化を楽しみながら歩く。自然に鼻唄も奏でられる。
道はやはり平坦ではない。いつものレザーウォーキングシューズにして良かった。
朝は長袖シャツ+パーカーで良い按配だったが、歩き始めて数分で、シャツを半袖にすればよかったと想う。
袖をまくって……ああ、帽子のないのは大失敗だった。
12時20分、道中のレストランでブランチ。
仔牛肉のソーセージとパスタ、グリーンサラダにガスウォーター。
ビールが美味い! Heinekenでソーセージも美味い。サラダで栄養面もバッチシ。
体が温かくなった。
デザートはアイスクリームとカフェオレ。しめて64CHF……。
14時5分、出発だ。
予定を少し変え、坂を下ってMoosjiseeモシェ湖に立ち寄ることにした。
14時50分に到着。小さな、でもきれいなグリーン色の湖だ。
上りの山道がきついぞ。しかも長い。
コスモス畑。癒されるなぁ。
15時40分、Sunneggaスネガにたどり着いた。
無装備なので簡単なハイキングコースを選んだはずが、なかなかどうして。
足が棒のよう。でも、達成感はあるぞ。
あと、僕はメガネ君なので、オーバーサングラスは大正解だった。目が全然疲れていない。
ひとり乾杯。3時間も歩いた後だけに、格別の美味さだ。
ほろ酔いで遭難したらアホだが。
ここでも、マッターホルンの存在感は群を抜く。
さて、戻ろうか。
■人の世界へ戻る
スネガの頂にあるツェルマット行きケーブルカー乗り場へ。
16時25分に出発し、15分後には、ツェルマット駅に着いた。料金は8CHF、スイスパスで半額だった。
ものすごい陽射し! サングラスがなければどうなっていたことやら。
Matter Vispaマッター・フィスパ川沿いを歩く。
川は本当に乳白色の濁流なんだな。
ツェルマット駅で、Zurichチューリヒまでの時刻表を入手した。で、予約はできないそうな。
■Matterhorn Museumマッターホルン博物館
初登頂までの労苦、ウインパーの功績、観光地化する前のツェルマット村民の暮らしぶり(極貧!)、初期のホテル群などの多彩な展示。ここもスイスパスで入場料は免除された。
モンテ・ローザホテル開業期のフロントと客室があった。なんか、嬉しいぞ。
18時40分、モンテ・ローザホテルへ戻った。
あらためて見ると、なるほど、ホテルの側壁にマッターホルン初登頂を果たしたウインパーのレリーフが嵌め込まれている。
ふたたびツェルマット村の中心部を散歩する。
ホテルが実に多い。場所によって客層の異なるのは、世界の現実を直視する思いだ。
古い穀物倉庫を使用した店舗も多かった。
先に郵便局で買った切符を貼り付け、日本へのポストカードを投函した。
あ、いいな。夕暮れのマッターホルンと、弦月。
夕食はホテルで。仔牛のターターとワイン。
おい、熱いはずのデザート(加熱プリン)が冷たいぞ。当然クレーム。コーヒーも来ない。ベチャクチャしゃべってないで、仕事しろっ!
昨晩はパーフェクトだったのに、なぜ、担当者によってこんなに違う?
文句はさておき、明日も山を歩こう。
続きます。