男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

カテゴリ: - 302 南アフリカ

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ジンバブエ公立学校での一コマ。


2016年5月5日(木)最終日 6時起床
ホテルのレストランから、アフリカのサンライズを鑑賞する。
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長かった旅行も最終日か。午前中は地元の公立学校を訪問した。

この道路標識は「生徒が横断するので注意」を意味するのかな?
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9時55分に到着。
学校名は「CHAMABONDO PRIMARY SCHOOL」らしい。
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では、副校長の話に耳を傾けようか。
・ここは4歳から13歳までの児童が通う、一般的な九年生の公立学校。義務教育はここで終わる。
・一クラスは約50人。校舎、教室は不足しており、午前、午後の2シフト制で授業が行われる。
・それでも全校生徒1,800人をカバーできず、屋外(木陰)での授業を強いられている。
・国語を除いて、授業はすべて英語で行われる。
・給食制度はなく、弁当持参か自宅へ戻って昼食を摂ることになる。遠い生徒は片道4キロを歩く。
・コンピューターは30台。全国的に紙資源が不足してるので、ペーパーレスによる図画工作は助かる。
・眼鏡を装着する生徒は皆無。そもそも高級品なので買えない。
・ネクタイを着用しているのは「級長」。(ただし学級委員長ではなく、クラスに複数人存在するみたいだ。)


あるクラスを訪問。事前に教育されていたらしく、日本の歌を披露してくれた。
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QAコーナーでは安倍首相、トヨタ、ホンダに加え、「東京スカイツリーは634メートル」には驚かされた。ネット環境あればこその離れ業かな。
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教室を見て気付いたことを書こうか。
・当然ながら昼間は消灯。天井には蛍光灯型電球が二つのみ。
・誰も筆箱など持っていない。多くは靴下にペンを指している。
・複数のテーブルを長椅子が囲み、テーブルには7~10人の生徒が座る。やせ細った二人の生徒が、教室の隅で床に座っていた。授業料を満足に払えない家庭の生徒だと瞬時に理解。かわいそうに。
・愛想よく笑ってカメラに納まる生徒がほとんどだが、敵意を隠さずにぶつかってくる生徒も一名いた。どこの世界も同じだな。


続いて校長室を表敬訪問。
・公立学校以外にも少数のパブリックスクール、ミッションスクールが存在する
・公立学校は慢性的に予算不足。ユネスコなどの援助で賄っている。
・義務教育ではあるが、授業料は3か月で50ドルかかる。これは一般家庭に重い負担となっている。


校長室に掲示の時間割表をパチリ。許可もらってます。
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朝は7時30分始業か。

エネルギーいっぱいだな!
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日本語も勉強してくれているんだな。好奇心は大切です。
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屋外で美術の授業。女性教諭が「お叱り」の声を上げていた。どこも同じか。
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いいな!
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10ドルを寄付してきた。
11時に小学校を出発し、一路、ヴィクトリア・フォールズ空港を目指す。
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真新しい空港。正面の道路は工事中だった。
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ヨハネスブルグへ向かうSA41便、A320-200の機内は満席だ。昼食は美味ではない。
14時45分にヨハネスブルグへ到着した。


■南アフリカのビール

旅行最終日にして、空港のラウンジで、やっと、ついに、満を持して、南アフリカ産ビールを飲むことができた……。
心残り、なし。

■帰国です。

O.R.Tambo空港を利用するのはこれが最初にして最後だろうなぁ。
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17時30分に香港行きSA286便は離陸した。
機内の冷房を効かせすぎだ。すぐにブランケットを纏うことになる。

夕食は豚の角煮を選択した。しつこくなく、美味。
坂本真綾との相性もバッチリだ。
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20時30分に消灯。眠くないし、暗闇での映画は諦め、ひたすらSONY ZX100で音楽を聴く。

うたた寝……悪夢を見て起きることの繰り返し。やはり機内では寝付けないなぁ。

朝食は4時40分(香港時間10時40分)。コーンフレークは嫌なので、えびヌードルにした。
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12時8分に着地。予定より早い到着のようだ。20分後には入境できた。さすが香港は効率が良い。

この空港は広い。調子に乗って空港内を歩き回って空腹となり、台湾式肉ラーメンと青島ビールを試す。168HKD(2,550円)って高いなぁ!
ここの店員は愛想悪し。次は利用してやらないぞ。

Cathay Pacific機。華やかさが欲しいなぁ。
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関西国際空港行きCX502便のエコノミーシートは9列並び。KLMやAF(10列)に比べたらマシか。
16時40分に離陸した。
4時間弱の航空旅行で締めだ。

7インチモニタは視認性が悪く、これが目の前50cmにあるのだから、とても楽しめない。
音楽を聴き、うたた寝しつつ、ビールを飲んで……。
19時45分にlanding、21時15分に無事に帰国できた。

帰宅は5月6日(金)23時40分。スーツケースを紐解くのは明日にしよう。体内時計も調整しないと。


人生初参加のツアーだったが、ツアーディレクターMさんと同行者のおかげで充実した楽しい旅行となった。どうもありがとうございました。


駄文にお付き合いくださり、Baie dankie aan almal!
(最後にAfrikaansを使ってみたりして。)

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ヘリコプターから見下ろすヴィクトリアの滝。


2016年5月4日(水)5時20分起床

■LOOKOUT CAFE

6時30分、ヴィクトリア・フォールズ大橋の南に位置するLOOKOUT CAFEに到着。
ヴィクトリアの滝が舞い上げる数百メートルの水煙。その向こうに朝日が昇る様子を鑑賞する。
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8時、ヴィクトリアの滝へ向けて出発。

ジンバブエ・ザンビア間の国境を歩いて越境。
ヴィクトリア・フォールズ大橋を歩き、ザンビア側へ入国する。少し感動した。
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■ヴィクトリアの滝をザンビア側から観る

まずは全体模型で説明を受ける。
数万年を経て、滝は現在の位置=上流側へ移動したという。ザンビア側からは滝壺を見ることができる。
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まずは、流れに近い場所で滝の迫力を体感する。
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次に、滝の東端、川が滝へ変化する穏やかな場所へ。
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途中にあるリビングストンの立像。
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滝つぼより空中に舞い上がった水煙に虹が映る。
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Eastern Cataractイースタン・カタラクトと呼ばれる場所を見る。
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Knife Edge Bridgeでは頭から水煙を被った。
ものすごい水量だが、これが「まだ序の口」であることを後になって知る。
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ヴィクトリア・フォールズ大橋を望む。
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防水カメラAW130でも、水滴が附着しては……。(失敗)

Knife Edge Bridgeを渡り、Rainbow Fallsレインボーフォールズを見る。
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一時間足らずでザンビア側の鑑賞は終了。
ふたたびジンバブエへ入国した。


■ヴィクトリアの滝をジンバブエ側から観る
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ビューポイントNo.1~16までを順に廻る。
こちらにもリビングストンの立像がある。少し立派。

おお、ジンバブエ側の水量はスゴイ。
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雨ではなく、水煙です。
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Danger pointは足元がすべって怖い思いもしたが、ここからの眺望は「圧巻」の一言!
なにしろ、ジンバブエ側の流れとザンビア側の滝壺が合流する場所なのだ。
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Victoria Falls Bridge ヴィクトリア・フォールズ大橋の美しいこと!
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現地語でMosi-oa-Tunya(雷鳴とどろく水煙)とはよく言ったものだ。
上下ともレインコート(ポンチョではなく、台風用のしっかりしたもの)を着込んだのだが、下着までずぶぬれになってしまった……。


大瀑布の興奮が収まらないうちに、ビール付きの昼食。
ナミビア地ビール「Windhoek」だ。
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台風並みの水しぶきを全身に浴びて大変だったが、ファンタスティックな体験を楽しめたぞ。良し!

ここで一度ホテルへ戻って着替え、次のアクティビティの準備だ。


■ヘリコプターから大瀑布を見下ろす!

回転翼機=ヘリコプターへの搭乗は、実は生まれて初めて、なので。
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滝の上空と西方を旋回飛行する15分のコースだ。
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どこまでも続く大地とザンベジ川。
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見えてきたヴィクトリアの滝
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想像を超えるスケールとダイナミックさに感動!
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昼食前に歩いた道……なるほど、ずぶ濡れになるわけだ。
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これが数万年にわたって削り取られた地表。過去の滝の跡か。
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15分なんてあっと言う間。大満足!


■アフリカの大地に沈む夕陽を鑑賞

Victoria Falls Safari Lodgeヴィクトリア・フォールズ・サファリ・ロッジに到着。
夕食前の「夕陽と動物鑑賞」だが、動物は……ホロホロ鳥しか見えないな……。虫も多い。夕食まで時間が余ったし。
ちょっと期待外れかな。
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虫刺され跡を気にしつつ、「滝」の興奮を持続したまま、続きます。

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キリンは言った。「サファリは最高だろ?」


2016年5月3日(火)6時15分起床、意外と寒い。10℃くらいか。
就寝前に顔面、首、手足に虫よけスプレー&塗布したおかげで、どこも蚊に咬まれていない。良し。

7時に朝日が昇ると、急激に暑くなってきた。これがアフリカか!

7時50分出発。町から国道1号線へ出る。この町には信号機が存在しない。車も少ないが。

灌木に囲まれ、単調な一本道をBotswanaボツワナへ向かう。すれ違った車は、わずにか1台だ。
ザンベジ川にかかる5本目の橋が建設中だった。2,700kmにたった5本……車両の多くは渡し船で渡河するそうな。

国境近くでバスを降りる。国が異なるので、バスとガイドも交代となる。
9時ちょうどにジンバブエを出国し、徒歩でボツワナ国境に達する。写真撮影禁止だ。

9時30分、無事にボツワナへ入国できた。
この国は資源不足なので、この1年ほどは出入国カードが印刷されていないという。不憫な。

ここでサファリ仕様の4WD車に乗り換え、まずはKasaneカサネの町を目指す。

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9時45分、チョベの3キロ手前の町、KasaneカサネにあるChobe Marina Lodge チョベ・マリナ・ロッジで休憩。
10時20分、Chobe National Parkチョベ国立公園に入園。


■Game Drive チョベ国立公園でゲーム・ドライブ! 楽しい!

公園入口には大小動物の骨が展示されている。期待に胸を膨らませ、公園内を車は進む。
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右手に見える穏やかな流れはチョベ川。数キロ先でザンベジ川と合流し、その先75キロでヴィクトリアの滝へと姿を変えるのだ。
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インパラの小家族
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インパラのハーレムには強いオス一頭にメス数十頭。弱肉強食の世界。
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禿鷹は何を漁るのやら。
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バッファロー。表情が良いね。
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象さんの核家族?
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象は下の方の木の実を食べつくすと、木を倒して、上の方の木の実を食べるのだとか。
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ジラフ(キリン)。アップで。
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先に道路を横断して、群れを待つ子供のキリン。健気です。
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シマウマの群れ。ずっと尻尾を振っているんだな。
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大満足!
ドライバーのガブチャさん。お世話になりました。
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12時30分より1時間、Chobe Marina Lodge チョベ・マリナ・ロッジでビュッフェの昼食を摂る。
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ボツワナの地ビールは、なんか薄い気がする。
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■ボート・サファリ

お次は、BotswanaボツワナとNamibiaナミビアの国境を流れるChobe Riverチョベ川でボート・サファリだ。
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全長3mを超える巨大ワニも数匹。
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水辺で草を食む象。暢気そうです。
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カバの群れ。
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それにしても象が多い。なんでもチョベ国立公園に12万頭、ボツワナ全体では25万頭が生息するそうな。
ボツワナの土地は痩せている上、畑作しても象が食べてしまうので、農業は難しいとのこと。
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満足と興奮のまま、ボート・サファリは終了。15時30頃に国境へ移動。
16時にジンバブエに再入国。係員2人の流暢な日本語には驚かされたぞ。


■ジンバブエの鉄道とジンバブエ・ドル

土産物屋へ寄ってお買い物休憩となったので、小走りで線路の方へ立ち寄った。

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プレトリアやリビングストンまで通じているはずだが、線路は歪んでいるし、ちゃんと動くのだろうか?

お土産に、こんな木彫り物を買ってしまった。
15ドル。高いとわかっていても、先進国の人間の一人として買うのだ。
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ジンバブエ国境では何人もの「ジンバブエ・ドル売り」がやってきた。まっとうな商売には見えないが、一人が「Support me!」と叫んでいたのを思い出す。
ホテル従業員や観光ガイド等と異なり、正職を持たない途上国の人物の叫び。
100億ジンバブエ・ドル一枚を2ドルで買った。

本当は100兆ドル紙幣が欲しかったが、ほとんど流通せずに消えたみたいだ。
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■ボマ・ディナー

19時よりボマ・レストランで夕食だ。その名も「ザ・ボマ」。ダンスで迎えられ、民族衣装を重ね着て、ムードを盛り上げる。
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昼間サファリで見たイボイノシシとワニの肉は、結構おいしかった。
ここの「目玉」である芋虫には挑戦できなかった。弱いなぁ。

フェイス・ペインティング&民族衣装を着用してのドラムたたきはとても楽しかった。
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ZAMBEZIビールと赤ワインも美味かった。
ほろ酔い気分で、続きます。

この日は3時30分起床。
ヨハネスブルグ経由で、ジンバブエはヴィクトリアフォールズへ向かうのだ。

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ザンベジ川・サンセットクルーズ


■ジンバブエ行

4時55分にケープタウン空港に到着。こんな時間なのに、なんて人の多いこと!
コンパクトな空港だけど、神戸空港よりも良い感じだ。

6時10分にboarding、小さなエアバスA319-100だ。
6時33分に離陸。隣の黒人は体が大きく、シートからはみ出している。こちらの場所は狭くなるばかり。しかたがないか。
8時35分にヨハネスブルグ空港に到着。乗り換えてヴィクトリアフォールズに向かう。
朝食のチキンサンドのお味は……まぁ、エコノミークラスらしいか。

さようなら、南アフリカ共和国! ダイナミックで良いところでした。

12時45分にVictoria International Airportに着地。
われらがSA40便の雄姿。
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ここまでは良かったのだが、VISAが認可されて入国できたのが、なんと14時5分だ。酷いぞ。
すぐにバスで移動開始。

森林は豊かだが、農地に適さない赤土の国……貧しい国だ。
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おお、遠くにヴィクトリアの滝の水煙が見えるぞ。
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14時35分、ホテルに荷物を置き、小休止。良さげなところだ。
部屋に蚊が一匹いるのはNGだが。後で殺虫剤をまいてもらった。
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エアコンはNationalだ!(いつのかな?)
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バルコニーからヴィクトリアの滝の水煙が見えるぞ!
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ELEPHANT HILLS VICTORIA FALLS
http://elephanthillsresort.com/

このホテルは、1980年のジンバブエ独立時から2016年の現在までも首相・大統領職を独占してきたムガベ氏の肝いりで再建された。同大統領専用の寝室もあるらしい。

生水を口にしてはいけない、ということで、歯磨きやうがいですら、ミネラルウォーターを使用するのだ。
上海でもそうだったが、あちらは水が濁っていたからな。(浴槽に湯をためると、土色になった。)
今回はもったいない気がする。

15時48分、ザンベジ川に向けて出発


■Sunset of Zambezi River ザンベジ川サンセット・クルーズ 心地好い!

クルーズ船乗り場では民族舞踊の歓迎が。1ドルを寄進。
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Zambezi River ザンベジ川……全長2,700メートル、アフリカ4番目の大河。クルーズ船は緩やかに出発。
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ワニ、野鳥、象。特にカバの戯れる姿は楽しかった。
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全身に夕凪を浴びつつ、川向こうに沈む夕陽を鑑賞し、ジンバブエの地ビール「ZAMBEZI」を味わう。
ん、優雅なひと時。
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ホテルに戻る。部屋にカーテンはない。そりゃそうだ、窓の向こうは森林なのだから。
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シャワーの湯量も合格点。
部屋にはカメムシが多い……慣れるしかないか。。。。続きます。

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喜望峰を望む!


2016年5月1日(日)6時25分起床
今日はケープ半島を南下し、喜望峰へ向かうのだ。8時に出発。

■Duiker Is. ドイカー島は野生のオットセイの楽園

・海辺の高級住宅街、Clifton Beach フリクトン・ビーチ。世界中のセレブが買い求めるので、2LDKで一億円か。。。
・この国では窃盗くらいでは警察は動かない。警備会社との契約は当たり前。なるほど、どの家にも壁に契約会社のステッカーが貼ってあるし、「高圧電流」と書いた鉄条網まである。
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・Camps Bay キャンプス・ベイ
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Hout Bay ハウト・ベイは波高し。冬季の波高は7mにも達し、サーフィンのプロが良く来るらしい。
8時47分、朝日の照り付ける中、大型ボートでオットセイの楽園、Duiker Is.ドイカー島へ向かう。
(Seal Is. シール・アイランドとも呼ばれるらしい。)
このボート便の70%の乗客が日本人だ。
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9時10分、ドイカー島というか、岩礁に群棲する野生のオットセイを見る。
さすがにパフォーマンスはしてくれなかったな。
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海の色がきれいだ。

9時30分に港へ戻る。お土産店で家族への土産を購入した。
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■Chapman's Peak Drive チャップマンズ・ピーク・ドライブ
ここは自動車専用の有料道路。全長10km。料金所は一般的なつくりだな。
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対岸のハウト・ベイが良く見える。落石が多いとのことで、道路構造にもひと工夫。
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■Boulders Penguin Colony  ボルダーズ・ビーチ

10時50分に到着。
2,000羽ものペンギン様が生息するこの一帯は、人間の立ち入りは制限されている。
あまり期待していなかったのだが、なかなかどうして!

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いやぁ、かわいいもんだ!


■Simon's Town サイモンズ・タウン
1687年、オランダ総督サイモン氏が作った港。
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昼食のロブスターと白ワインが美味かった。しかし、この地でライスは「野菜」扱いなんだな。
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ここは南アフリカ海軍の軍港でもある。いかにも英国製といった感じのフリゲート艦が停泊していた。
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■Cape of Good Hope喜望峰!

ついに来た! やった!

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何も言うことはない。


■Cape Point ケープ・ポイント

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う~ん、人が多いな……。日本に向けてポストカードを投函した。
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夕食はイタリアン。ビールもイタリア産だった。ガックシ。
南アフリカ産ビールをまだ飲んでいないのに……。

そして、わたしたちの旅は続くのです。

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・ロベン島へ向かう高速船の船尾よりテーブルマウンテンを望む。


2016年4月30日(土)6時30分起床、よく眠れた。外は晴れ、ホテルの朝食は美味、万事良し。

8時30分にウォーターフロントの船乗り場に並ぶ。

■Robben Is. ロベン島、すなわちアパルトヘイトの象徴的存在

9時35分、アフリカーンスで「あざらし」を意味するロベン島に到着。バスに乗り換える。

僕らは快適な双胴高速船に乗船したが、先行した船「DIASディアス号」は、以前は囚人運搬船だったとのこと。
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ここのガイドは皆、政治犯として収監されていた人ばかりだそうな。話に耳を傾けよう。
・このロベン島を橋頭保として、ポルトガル人による南アフリカへの侵略が始まった。後にオランダ東インド会社の支配するところとなり、強制徴用されたマレー人、インドネシア人のうち、反抗的な者が政治犯として収監されたのがロベン島の刑務所島としての始まり。絶命者も多く、ムスリムのための墓(丸いブルーの屋根を持つ)も整備された。
・島の自然は手つかずであり、巨大な蜘蛛が群棲しているとのこと。イヤだなぁ。
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ここは政治犯の刑務所、ロバート氏専用の刑務所、通常犯の刑務所の3種類を擁していた。
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・政治犯は実に1,800人。最少年齢は15歳だったという。
・ANCを率いた南アフリカの英雄、ネルソン・マンデラ氏が18年間も一日8時間労働を強いられ、目と肺を患った石英の採掘場にも案内された。写真にある、トイレとして掘られた洞窟「ロベン島の中の大学」で、若者は勉強を教えられていたそうだ。
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・マンデラ氏は最初の15年間、一切の面会を許されなかったそうな。何の象徴かは聞きそびれたが、この石の積み重ねも、マンデラ氏が最初に始めたらしい。
・「人に危害を加えてはならない」とするANCの運動に反対し、暴動を主導した大学教授がロバート氏だ。1年間すべての人類から隔離された生活を強いられたという。

続いて一般獄舎の中を案内される。
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自身、1983年から8年も投獄されていたというマックウェア氏がここのガイドだ。片足を電気式のチェーンで拘束され、この刑務所内と街の建物の建築に従事させられたという。

・朝食は薄いパンのみ。食事すらアジア人と黒人とで差別があり、ハンガーストライキが頻繁に起きたという。
・シャワーは海水に近く、キッチンの水質もひどい。
・敷地内では英語かアフリカーンスしか話してはならず、民族語を話すと罰せられた。

・囚人は名前を奪われ、番号で呼ばれる。マンデラ氏は「446号」。
・南アフリカの国技はサッカー。隣接する広場で囚人はサッカーを許されたが、マンデラ氏だけはダメだった。
・白人も一人収監されたが、1か月で発狂したらしい。

・リノリウムの床に敷かれた粗末な織物。これが囚人に許された寝具のすべてだという。
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(1977年に赤十字の介入により、簡素なベッドが導入された。)


「なぜ、こんな差別が強いられたのか?」 マックウェア氏は僕らに問い、そして強く言い放った。
「law 法だ」
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南アフリカの人口5,000万人のうち80%が黒人、10%がカラード、8%が白人。だから支配者である白人にとって差別法が必要不可欠であった。
1994年にやっと選挙権が与えられた。もちろん白人は恐怖したが、英国教会のデスモンド・ツツ大司教(黒人)が、黒人政権発足後の白人への復讐の危機を回避した。すなわち、アパルトヘイト時代の行為を懺悔することで許されたという。

一般獄舎の次は独房へ案内される。

ネルソン・マンデラ氏が18年も収監されていた「独房4号」。
Longwalk for Freedomの手記はここで書かれ、工事に携わる囚人によって外部へ持ち出された。
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ロベン島。荒海の向こうにテーブルマウンテンがきれいに見える。数十年も収監され、元政治犯は何を想うのか。
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第二次世界大戦末期の対艦砲も残されていた。
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12時に島を出る。帰りはDIAS号に乗船。船酔いがひどく、船室にはいられない。
12時45分にケープの港=現世へ戻る。

南アフリカ料理の昼食を摂ることのできるありがたさよ。
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■Groot Constantia グルート・コンスタンシア
15時10分、南アフリカ最古のワイナリーに到着。
過去、宗教的迫害を受けて南アフリカに逃れてきたフランス人がこの地の滋養に着目し、ワイン生産を始めたという。

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広大なぶどう畑を見て、5種類のワインをテイスティング。う~ん、違いが分かったような、わからないような……。
これで銘柄を当てる人はスゴイです。

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■Table Mountain テーブル・マウンテン

おお、午後からロープウェーが動き始めたそうで、テーブル・マウンテンに登れる次第となった。

これを楽しみにしていたのだ。

ロープウェー乗り場までのドライブも楽し。
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ケープの街を見下ろす岩盤の積層は実に海抜1,087メートル。
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ロープウェー乗り場は長蛇の列。待つこと60分……。ついに乗り場へ。
ロープウェーを見上げると、こんな感じ。
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ケーブルを捲く機械。こういうのが好きだ。
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ロープウェーの中は広く、床全体が回転するんだな。

絶景! 大西洋と街と山!
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「テーブル」の名の通り、頂上は起伏が少なく、風化している。そして雲海の中を歩く感じはとてもいいぞ!
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地平線に陽が沈みゆく中、ライオンズ・ヘッドとロベン島が見える。
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18時40分に日の入りの光景を愉しみ、次はシグナル・ヒルで夜景を見る。
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夕食はウォーターフロントのシーフードレストラン。南アフリカ産の白ワインが美味い!

ほろ酔い気分で、続きます。

喜望峰とヴィクトリアの滝をこの目で見たい!
だけど彼の地はアクセスと治安に一抹の不安あり。
というわけで、今回は人生初のツアー参加となりました。

勝手に決めた旅のテーマは次の三つ。
■鈴木正四『セシル・ロ-ズと南アフリカ』を読み終えたばかり。彼の活躍した地をみてみたい。
■アフリカ南部の大自然を、ケープ半島の景観とリビングストンの「発見した」滝を含めて愉しむ。サファリも初めてだし。
■イギリス帝国主義とボーア人の対立と融合、その一端を垣間みる。

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圧巻! ヘリコプターから見下ろすヴィクトリア大瀑布

【参考データ】
往路便
 2016年4月28日 関西空港18時00分発CX507便、香港行き
 2016年4月28日 香港国際空港23時55分発SA287便、ヨハネスブルグ行き
 2016年4月29日 O.R.Tambo空港10時05分発SA323便、ケープタウン行き
移動便
 2016年5月2日 ケープタウン空港6時20分発SA308便、ヨハネスブルグ行き
 2016年5月2日 O.R.Tambo空港10時50分発SA40便、ヴィクトリアフォールズ行き
復路便
 2016年5月5日 ヴィクトリアフォールズ国際空港13時10分発SA41便、ヨハネスブルグ行き
 2016年5月5日 O.R.Tambo空港17時20分発SA286便、香港行き
 2016年5月6日 香港国際空港16時25分発CX502便、関西空港行き

ケープタウン宿泊先:RADISSON BLU LE VENDOME(3泊)
ヴィクトリアフォールズ宿泊先:ELEPHANT HILLS VICTORIA FALLS(3泊)

写真機は二つ持参した。
・Coolpix P7800(メインカメラ)
・Coolpix AW130(防水カメラ)


■19時間のフライトで、南部アフリカへGo!

2016年4月28日(木)
正午に家を出る。雨が上がって良かった。三ノ宮発・関西国際空港行きのバスは空いている。車内で地球の歩き方「南アフリカ」と旅のしおりを読む。ワクワクしてきたぞ。

両替は2,790南アフリカランド(30,020円)と440USドル(49,940円)だ。昨年7月(1ドル133円)に比べて円高のメリットを享受できたことになる。
日焼け止めクリーム、ウェットティッシュ、のど飴などを買い込む。

16時に旅行会社のカウンターへ。香港行きboarding passとEチケットを渡される。
往路のキャセイパシフィックがビジネスクラスだったのが嬉しい。

荷物を預け、手荷物検査もパスし、16時30分に出国完了。

連絡鉄道を中央駅で降車してラウンジへ。ワンワールドのラウンジへ入るのは初めてだが、豪勢ではないな。カプチーノ、クッキー等の菓子とミニサンドイッチを馳走になる。

17時20分、4番ゲートはラウンジの近くだった。
17時35分に搭乗開始。16Dは窓側だ。やった。
眼鏡ケースを忘れた! 座席にあったアメニティバッグを眼鏡ケースの代わりにした。

機内誌は……英語と中国語だ。頭上のケース行き。安全カードも英中のみ。これは日本語表記とするべきだろう。
そしてこの会社もスリッパは用意されないんだな。持参して正解だった。

ほぼ満席の機体は、18時ちょうどにタキシング開始、13分後にtake off。18時45分にシャンパンが出た。

機内エンターテインメント……なんと、日本映画は1本のみだ。その「母と暮らせば」を鑑賞。
1948年の長崎が舞台。吉永小百合と二宮某の演技がスゴイ。
「悲しいことはいくらでもあるけど、なるべく笑うようにしとる」
「私ね、どんなことがっても泣いてはいけんて」これが小2の民子のセリフだ。泣けた。
「町子は僕たちの代わりにう~んと幸せにならねばいかん」
ラスト近く、黒木嬢演ずる町子の「ごめんなさい」が、また辛い。

「さ、僕にしっかりつかまって」 そして母は、「たった一人で……」
眼鏡が涙で曇ったが、とても良かったぞ。坂本教授の音楽も良し。
生きねば、そして幸せにならねば。

機内アナウンス中は自動的にポーズとなる仕様が良い。(KLMやAFはアナウンス中も物語は進行するので、いちいち巻き戻さないといけない。)

夕食はカレイにした。美味。チーズも○。ワインは白も赤も○。
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キャセイのシートはフルフラットにならないが合格水準だ。そも、4時間のフライトにベッドは不要か。

20時58分(21時58分)ランディング。今頃になってワインがまわってきたぞ。
21時10分香港空港に到着。外気温25℃。

お~い。transfer gate W1が果てしなく遠い。

21時25分、Johannesburg経由Cape Town行きのboarding passを手にした。
搭乗ゲート確認の後、21時50分にタイ航空のラウンジへ。ここはゆっくりできた。関西空港のみみっちいラウンジとの差異は歴然としている。

23時、33番ゲート着。広い空港も慣れればなんてことはない。
旅行会社の添乗員さん(ツアーディレクターと呼ぶらしい)と合流。ツアーのレシーバと、南アフリカ航空のバッグを渡される。正直、荷物になって邪魔だったが、後にこれが大いに活躍するのだ。

初めての南アフリカ航空機、SA0287便はエアバスA340だ。
GWだからか、香港発ヨハネスブルグ行きなのに、やけに日本人が多い。……旅情が削がれるというもの。

隣席には品性の高そうな日本人の紳士。勝手に医師だと思い込んでいたが「農家」だという。ケープタウン到着後に調べさせてもらったら、ナミビアでJICA農業プロジェクトを指導されている高名な大学教授と判明した。大変失礼いたしました。

日付の変わった4月29日0時10分、夜の香港空港を離陸。ヨハネスブルグまで13時間、ほとんど真夜中のフライトが始まった。
座席がガタついている。塗装もところどころ剥げ落ちている。使い古した機体だな。

離陸から30分後に夕食が供される。スパークリングワインと前菜は美味。
メインのビーフに赤ワインでささやかな幸せのひと時。デザートはチョコとアイス。キャセイよりも豪華かな。
で、コーヒーを飲んでしまい、この後、ずっと不眠に苦しむこととなる。アホか……。

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シートをベッドに変形させる。ここはブランケットだけでなく、シーツも出るんだな。フルフラットとはいっても凸凹があるので、完全なベッドとはいえない。
機内は完全な夜モード。僕はどうも機内では眠れないタチだ。ひたすらまどろみ、朝を待つ。

持参したSONYウォークマンZX100で『たまゆら~卒業写真~』を聴く。うん、良い曲ばかりだ。

11時30分、やっと朝食が出た。コーンフレーク・ヨーグルトとスクランブル・エッグか。まぁ悪くない。
窓の外は、モザンビーク海峡か。

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12時30分頃、南アフリカの上空に達した。
初めて目にするアフリカの大地は、朝日に彩られて、単調だが美しく見える。
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日本との時差7時間だから、現地時間は2016年4月29日(金)朝7時だ。
プレトリア上空に達したはずなのに、眼下は丘陵と田畑ばかり。
降下開始。
19世紀後半に発見され、南アフリカを農業国から鉱業国に一変させた金鉱はどのあたりだろう。よくわからない。細かい溝が多数あるから、あれかな?
円や半円の農地が多数点在する。これは?(スプリンクラーの散水跡だと教えてもらった。)
農地は小さな区画が多い。分割の仕方も整然としていない。農地分割の混乱が手に取るようにわかる。

ヨハネスブルグに近づくと急に家屋が増えた。いや、密集地域。ばらばらの農地の一角に小規模住宅がひしめき、いかにも人工的な街を形成している。
大規模農場、鉱山らしき場所も見えた。

隣の紳士(大学教授)によると、ナミビアは赤い沙漠らしい。行ってみたいな。

7時25分に着地。40分にツアー仲間と合流した。僕と添乗員含めて16名の一行となる。

ヨハネスブルグの地、初めてのアフリカ大陸だ。
入国審査はひどい行列。効率無視のアフリカ的な何か、か。
8時30分入国完了。次は国内線への乗り換えだ。

バス経由のboardingにより10時10分にケープタウン行きSA323機に乗り込む。エアバスA340-600だ。エコノミー8列シートは満席。2時間の我慢だ。
10時50分に昼食のマフィンとコーヒーが出る。いまごろ眠くなってきた。

12時5分に降下開始、機内の揺れが激しく、正直怖かったぞ。
12時25分、ケープタウンに到着した。スーツケースも無事に回収。天気は曇りか。

13時5分にツアーの大型バスに乗り込む。これは良い。
おお、車は右ハンドル、左側通行なんだな。これは同じく旧英国植民地だったジンバブエ、ザンビア、ボツワナも同じだと後で知る。
現地ガイド(日本人)によると、アフリカ大陸の鉄道、舗装道路の70%が南アフリカに集中しているとのこと。

で……テーブルマウンテンは風が強く、頂上への唯一の交通機関であるロープウェーは今日は運行停止とのこと。代わりにケープ城へ案内されることとなった。
仕方のないこととはいえ、不機嫌にもなる。


■THE CASTEL OF GOOD HOPE / CASTEL DE GOEDE HOOP ケープ城

南アフリカ最初の訪問先となる。
オランダ東インド会社の総督の居城として1666年に建築された要塞。その形は五稜郭に似ており、現在も南アフリカ軍の駐屯地として使われている。
牢屋、拷問部屋なども再現されていた。
それは良いのだが、訪問時は改装中のため、ほとんど中を見ることができなかった……。

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広大なので写真に収められない。よって全景をパンフから拝借。

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副総督の館(SECUNDE'S HOUSE)は公開されていた。撮影禁止か。
家具調度から17世紀の生活空間に思いをはせる。ベッドがやけに小さいが、当時は膝を曲げて寝ていたんだそうな。

その他は行く先々が工事中で、1時間ほどで見学終了。

車中からケープタウン駅を望む。
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■Kirstenbosch National Botanical Gardens カーステンボッシュ植物園

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ケープ城から車で20分、テーブルマウンテンの背面にある広大な植物園だ。2004年に世界遺産登録。
・proteaプロテアはここにしかない花。
・ゼラニウムの90%が南アフリカ産。

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テーブルマウンテンの麓まで手つかずの自然が残されている。これらすべてがセシル・ローズの私有物だったというのだから驚きだ。(1902年の死後、南アフリカ政府に譲渡された。)

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マンデラ訪問時の写真も。
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正直、ここには期待していなかったのだが、当たりだった。
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■Signal Hill シグナル・ヒル

建築物と植物の次は眺望、ということなのか、テーブル・マウンテンの代わりにシグナル・ヒルに上ることとなった。

ケープタウンの街を見下ろしつつ、丘をどんどん登って展望台へ。

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おお、テーブル・マウンテンとライオンズ・ヘッドが真正面に見える。すばらしい眺望だ。
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17時まで滞在。大西洋とロベン島を見渡させて満足だ。
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■Malay Quarter マレー人居住区
オランダ人に強制的に連れてこられたマレー人の子孫、イスラム教徒の居住区だそうで、家屋が思い思いのパステル色に塗りたくられている。近年では芸術家も移り住むようになったとか。
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ただ、自動車は15年以上前の中古車ばかりで、そもそも駐車場がないことからも、ここは富裕層の居住地ではないとわかる。
中心部を離れると、治安がすごく悪そう。変なのがいっぱいたむろしていた。
ヘイ、と声をかけられても無視、無視だ。

17時45分にホテルに到着。
RADISSON BLU LE VENDOME
https://www.radissonblu.com/en/hotel-levendome-capetown

ケープタウンの中心部から離れたシー・ポイントにある。

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部屋はシンプルでまぁまぁだが、レストランの給仕は最低レベル。しっかりしてくれよ!

疲れましたが、旅は始まったばかり。
続きます。

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